C4-03  [ 59/72 ]



「頼みがある」

ユリウスの言葉にセレナが頷くと、彼は少しだけ表情を緩める。
そしてセレナの目を見つめながら、眉を下げて微笑んだ。

「これからは、君がルドガーを支えてやってくれ」

セレナはその言葉にハッと息を飲む。

今日までルドガーを一番近くて支えて来たのは、紛れもなくこの男なのだ。
それなのにユリウスは、何故セレナにそんなことを言うのか。

「君とルドガーは想い合っているんだろう?」

考え込んでしまったセレナの様子に苦笑しながら、ユリウスが問いかけた。
セレナは一瞬だけ驚きに目を見開き、すぐに苦しげな表情を浮かべた。

「君を見るあいつの顔を見てすぐに分かった。
まあいつぞやはそのせいで気まずい思いをしたがなあ」

それは、セレナの母親が時歪の因子だったあの分史世界でのことだろう。

ユリウスは後頭部を掻きながら続けた。

「何か思うところがあって、君はその想いを封じ込めようとしているだろう?」
「どうして、それを?」
「ジュードから聞いた。君は、消えたマクスウェルや分史世界でのこと、それからエルに気を使っているんじゃないかとね」
「ジュードが……」

ユリウスはセレナの元に駆けつける前に、クランスピア社本社にてエージェント達に囲まれていたジュードを助けた。
その時、バクー邸にアルクノアが侵入しようとしていることと、最近彼らの周りで何があったかなどをジュードから聞いていたのだった。

「本心を曝け出すのは怖いか?」

ユリウスの核心をついた問いに、セレナは答えられず視線を逸らした。

ユリウスはそれを追及することはせず、自分に言い聞かせるように呟いた。

「ああ、怖いよな……。
だがセレナにしか頼めないことなんだ」

――これからは、君がルドガーを支えてやってくれ。

ユリウスはそう頼んだのだ。
セレナはその言葉をゆっくりと頭の中で復唱する。

そして、その言葉に込められた一つの単語に気付く。

(まるで、もうユリウスさんが支えられないみたいな言い方……)

「ユリウスさん、“これからは”って一体……」
「俺はもう長くない。君も意味はわかるだろう?」

セレナが狼狽えながらなんとか言葉を返すと、ユリウスは悲しげに微笑みながら、手袋を取った左手をセレナの前に掲げた。
先程何度も痛がっていたのを見ていたセレナは、黒ずんだその手の甲の意味するところをすぐに理解する。

今にも泣き出しそうに顔を歪めたセレナは、震える声でユリウスに問いかける。

「ユリウスさんは、どうするつもりなのですか?」
「俺は、あいつの作る世界……あいつが選択した未来を守る」
「ルドガーが、選択した未来……?」

「あいつがそれを選ぶ為には、君の支えが必要なんだ」
「どうしてですか、ルドガーにはユリウスさんがいないと……!」

ユリウスは静かに首を横に振った。
セレナの目は、信じられないとでも言いたげに見開かれている。

「俺はあいつの兄貴だからな。あいつの歩む道を、作ってやらなきゃならん」

ユリウスは穏やかにそう言いながら、左手に手袋をはめた。
しなやかなポニー革のそれは、もう幾年も彼の左手を包み込んで来た。

初めは弟を熱湯から守るために受けた火傷の痕を隠すために。
しかし今では、時歪の因子化しつつある己を隠すためにつけているのである。

「君には、あいつのそばにいて、あいつのすることを受け止めてやって欲しい」
「どうして私なんですか?私はルドガーのこと散々傷つけて来たのに……」
「それは、君自身が一番分かってるんじゃないか?」
「私自身が……ですか」

セレナは俯いた。
それを困ったように笑いながら見たユリウスはゆっくりと歩みはじめ、セレナの横を通り過ぎる。

そこで彼は立ち止まると、セレナの肩に手袋をしていない右手を乗せた。

「あいつには、背中を押してくれる友達も一緒に戦ってくれる仲間もいる。守るべき存在だっている。
だが、あいつに寄り添ってそれを支えてやれるのは君だけなんだよ、セレナ」
「私には……」

迷い、言い淀むセレナに、ユリウスはその蒼い瞳を優しく細めて続けた。

「あいつにとっては、君が本心を隠すことの方が辛いんじゃないかな?」

セレナはハッとユリウスの顔を見た。

ユリウスは頷く。

「ちゃんと全部話してぶつかってやれ。君が気にしていること、悩んでいることを受け止められないような男じゃないはずだ。
……あいつは俺の、自慢の弟だからな」
「ユリウスさん……」

ユリウスには、セレナの目に少しだけ決意するような意識の光りが灯ったように見えた。

セレナはユリウスに向き直り、ユリウスの真意を探るような目を向けながらも頷いて見せた。

「約束してくれるな?」
「はい。でも、ユリウスさんと一緒にルドガーを支える……ですよ?」

その言葉にユリウスは困ったように眉を下げたが、やがて声をあげて楽しそうに笑った。
セレナは、それに笑い返すことは出来なかった。

「はは。まあまだ少しは時間があるか。それまでは、な」

そして、ユリウスはセレナの肩から手を離すと、その手をひらひらと振りながら屋敷の外へと歩いて行く。

「頼んだぞ。弟と“妹”の幸せを願う、心配性の兄からの最初で最後のお願いだ」
「ユリウスさん、待ってください!」

「ああ、ひとつあいつに伝えてくれ。
“待ってる”、とな」

セレナはその言葉の真意を問う為ユリウスの手を取ろうと駆け出したが、ユリウスは一瞬にしてそこから消えてしまった。

後に残されたセレナは、ユリウスのどこか諦めたような、しかし穏やかな表情を思い起こす。

「ユリウスさん、時歪の因子化なんかしちゃ駄目ですよ!」

――俺は、あいつの作る世界……あいつが選択した未来を守る。

「あなたは一体何をしようとしているんですか?ユリウスさん……」

去り際にユリウスが残したあの懐かしい“詞の無い歌“が、セレナの頭でリフレインしていた。



----------------------------
少しだけ公式設定資料集のネタを挟みました。
ですが、見ていない方も差し支えなくお読みいただけると思います。

次からChapter15に入ります。



[back]

  


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -