C4-02
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セレナがクローゼットから出ると、そこには白いコートを着た金髪の男がいた。
「ユリウスさん……!?」
「ジュードから聞いて来た。奴らは君を人質にしてビズリーをゆするつもりだ。
これ、君のGHSだろう?」
ユリウスは早口でそう言ってから、どうやらアルクノアに踏みつけられてしまったらしいセレナのGHSを手渡す。
見事に割れてしまっていて、おそらく買い換えるしかなさそうだ。
「君自身が無事で何よりだ。
さて、増員が来るかもしれないから、君たちはここで待ってろ」
そしてユリウスは空間移転しようと時計を取り出すが、その瞬間苦しげに呻き声をあげ膝をついた。
「ユリウス様!」
セレナよりも先にユリウスを支えたのは執事頭だった。
ユリウスは息を整えながら、懐かしそうに少しだけ目を細めて彼の顔を見た。
「今ではあなたが“爺や”なんだな」
「ユリウス様……ご立派になられて……」
執事頭はユリウスがそう言いながら立ち上がるのを手伝うと、しみじみと彼を見つめた。
セレナはその時、ユリウスがビズリーの息子だったことを思い出し、自分がここに来る前は彼がこの家に暮らしていたということに気付いた。
「この家を捨てた俺を、もうユリウス様なんて呼ぶ必要は無いぞ」
「何をおっしゃいますか。
貴方様はいつまでも、どこにいらしても当家のご子息、ユリウス様に他なりません」
それから執事頭はセレナの顔を見て、再びユリウスに穏やかな視線を向けた。
「セレナお嬢様にも、貴方様の妹と思って大切にお仕えさせていただいております」
「セレナが俺の妹……ね」
ユリウスは口の端を上げて笑う。
セレナはただただ驚いたようにそのやりとりを見ていた。
「“あの男”の思惑とは違うようだが、確かに俺としては“妹”になってくれると嬉しいね」
そう話しながら、ユリウスは体勢を整えると再び時計を掲げようとする。
その時、庭の方からアルクノアの増員と思われる男達の怒声が上がった。
「まだ中にいるぞ!逃がすな!」
「ちっ。一気に片を付けるか」
「駄目ですユリウスさん!」
しかしユリウスが掲げた腕は、セレナによって押さえられてしまった。
「何をするんだ!」
「ユリウスさん、変身すると苦しいんじゃないですか!?」
「……気付かれてしまったか」
「もしかして、時歪の因子化なんじゃ……」
この場合、無言は肯定である。
ユリウスは苦々しく顔を歪め、自らの左手に目を落とした。
セレナは驚いたように目を見開いてから、悲しげにその左手を見た。
黒い手袋に覆われていて分からないが、ユリウスの痛がり方と言いこの所作といい、彼の左手がおそらく時歪の因子化しはじめているだろうことは想像がつく。
「だが、もう手遅れだ。それに時間がないだろう」
そう言ってユリウスはセレナの手を振りほどいた。
しかしその瞬間再び左手を激痛が襲う。
「くっ……」
「やっぱり!無理に骸殻化しないでください!」
「だが敵の数が多い。はやく片付けないと従業員も君も……」
「私がやります」
ユリウスが言い終わらないうちに、セレナはポケットから、ひしゃげたピンクゴールドの懐中時計を取り出す。
そしてそれを両手で大事そうに包み込むと胸に当て、瞼を閉じた。
「まさか……それは君の時計か!?」
「お嬢様、一体何を!」
ユリウスと執事頭がセレナに詰め寄ろうとする。
しかしそれよりも早く、彼女の時計から光が溢れ出した。
「お願い!私に力を!」
精神を集中させ、聞こえないはずの秒針の音を探る。
カチ……カチ……と、歪ではあるが針音が意識の底から聞こえてくる気がした。
――大丈夫。壊れてたって、これは私の時計。
確信を持って、セレナがその針音の根源を辿る。
止まっていた針が、時を経て再びゆっくりと一秒一秒を刻み始めた。
「……くっ……ああああっ!」
全身を、まるで雷撃に撃たれたかのような衝撃が貫いた。
それでも歯を食いしばり耐える。
――あの時変身した感覚を思い出して!
「はあああああああっ!!!!」
セレナの咆哮が響き渡る。
そしてその指先から徐々に骸殻が広がっていく。
――これは、お父さんとお母さんと、お父様が残してくれた時計。
「いきなりハーフ骸殻だと!?そうか、両親の力を受け継いで……!」
――もう大切な人を失いたくない!
眩い光の洪水が収まれば、そこには両腕から肩にかけてと両脚の所々、そして顔周りが骸殻化したセレナが立っていた。
その手には、あの時と同じ鎖鎌が握られている。
ユリウスはそれを信じられないと言った表情で見た。
セレナは一瞬だけユリウス達を見てから、すぐに姿を消してしまった。
その横顔は、怒っているようにも泣いているようにも見えた。
それとほぼ同時に、外で様子を伺っていたアルクノア達の悲鳴が聞こえてくる。
「ぐああああっ!」
「ば、化物!?」
ユリウスは弾かれたように駆け出し、窓から下を見る。
庭先にはいくつもの倒れたアルクノア構成員達と、鎖鎌を手にそれを見下ろしているセレナが見えた。
「あの子が本当に骸殻能力者だったなんて……ビズリーは知っていたのか?」
ユリウスが窓の外から目をそらさず呟く。
それが聞こえた執事頭は、どこか苦しげな表情を浮かべてユリウスのそばへやってきた。
「私は詳しいことは存じ上げませんが、旦那様はお嬢様にあの時計をお渡しすることを、最後まで悩んでおられました」
「あいつが……?」
ユリウスは再び、信じられないと言った表情を浮かべる。
彼の知る父親は、もっと利己的で、目的の為なら手段を選ばない人間のはずだ。
愛していたはずの妻を利用し、喪ったのだって……
「旦那様は、奥様の事をずっと後悔なさっていたようです。
それだけではなく、クラウディアのことも、お嬢様のご両親のことも……」
執事頭も窓際までやってきて、ユリウスの視線の先を追った。
もう新しくやってくるアルクノアはいないようで、セレナは骸殻化を解いてなおその場に立ち尽くしていた。
「ですから、せめてお嬢様のことだけは、守り通さねばならないとお考えだったようですよ。
……“坊っちゃま”への罪滅ぼしもあったかと思います」
「そんなこと……」
あるわけない、とユリウスは続けるつもりだった。
しかし執事頭が首を横に振り、それを遮った。
「さて……怪我人の治療と、犠牲になった者を集めてやらねばなりませんな。
ユリウス様、この度はお嬢様をお助けいただき、本当にありがとうございました」
ユリウスが何か言おうと考えあぐねている内に、執事頭は頭を下げて階下へ向かって行ってしまった。
ユリウスが庭へ出ると、セレナはまだそこにいた。
背中を向けられているが、右手に握った時計を眺めているように見えた。
「もっと早く、こうしていたら……」
ユリウスの気配に気付いたセレナが呟く。
ユリウスが到着した時には、既に玄関や廊下にいくつかの従業員だったはずの塊が転がされていた。
何人かは助けてやることができたが、間に合わなかった命もあったのだ。
「……すまん」
「ユリウスさんのせいじゃないです!」
ユリウスがぽつりと言うと、セレナが叫ぶように言いながら振り向いた。
その頬には涙が伝っている。
「私は、いつもこうなんです。手遅れになってから気付いて、たくさん失って……」
セレナは溢れる涙を拭わず俯いた。
「何度も大切な人を……」
「セレナ……」
ユリウスは悲しげに眉を下げてから、ゆっくりとセレナに歩み寄った。
そして、まるで子供をあやすようにぽんぽんとその頭を撫でた。
「これからは、その分守ったら良い。まあ、できれば骸殻は使わないでもらいたいものだがな」
「……え?」
セレナはきょとんとしてユリウスの顔を見上げた。
「君の支えを必要としている奴がいる」
ユリウスは少し微笑んでから、セレナの目を真っ直ぐに見つめた。
「セレナ、頼みがある」
セレナは養父と同じ蒼い瞳を見つめ返してから、そこに込められた確固たる意思を汲み取り、ゆっくりと頷いた。
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クラウディアはルドガーのお母さんの名前です。
原作にもちょこっとだけ名前が出てきますが、なんであれサブイベなんでしょうか……
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