07-03  [ 6/72 ]



気絶したジランドからゲスト用のカードキーやらロック扉のパスワードと思われる番号が書かれたメモやらを拝借した一同は、次のフロアへと進んで行った。

「シゼンコージョーって、なんかすごい!」
「おっきなトマトがいっぱいです!」
「美味しそう〜!」

栽培室と掲げられた部屋のロックを先程拝借したメモで解除してみれば、そこには一面にトマトが成ったプランター。
それを見たエル、エリーゼ、ティポがはしゃぎだす。
自然が荒廃して久しいエレンピオス育ちのセレナやルドガーには、こんなに大きなトマトは珍しい以外の何物でもなかった。

(ユリウスが見たら喜ぶだろうな)

トマト狂と言っても過言ではない兄の言動を思い出しながら、ルドガーは一人笑みを浮かべる。

「今度みんなにトマト料理を作ってやるよ」
「ルドガーは料理が得意なの?」
「なかなかねー!」

ルドガーの提案に驚いたセレナ。
何故かエルが得意気にそれに答えた。

「じゃあ私、トマト入りオムレツがいいな」

セレナの提案に、ルドガーは微笑んで頷いた。

「なーんで大人はみんなトマト好きかなー?」

エルはトマトが嫌いらしく、腕を組んで険しく表情をしている。
それをエリーゼとティポが子供だなとからかったり、逆にエルがやり返したりしながら、
一同は奥へと進んだ。

「静かに。警備ロボットがいるぜ」

少し先を行っていたアルヴィンが、通路へと繋がるドアの前に立ち止まって小声で告げた。
野菜談義で賑わっていた一同に一気に緊張が走る。

「どうする?」
「数はどうですか?」
「6台かな。狙撃してもいいけど同時に全部は無理」

アルヴィンとローエンが警備ロボットの様子を伺いながら相談している。

「では、強行突破しかありませんかねぇ」
「ローエン、意外と過激だね」
「ほっほっほ、ジジイもまだまだ現役ですから。エスコート致しますよ?」

セレナがそう呟きながらも心得たと言った顔で懐から拳銃を取り出すと、
ローエンもニヤリと笑いながら数本のナイフを取り出した。
それを合図に、エルはルルを抱き後ろへ隠れ、他の5人はそれぞれ武器を構えて一気に飛び出した。

侵入者にすぐさま反応した警備ロボット達は、けたたましい音を立ててビームを発射してくる。
ローエンとエリーゼが後方から精霊術を唱え、アルヴィンとセレナ、ルドガーの3人は銃を撃ち込んでいく。

的確な射撃と圧倒的な強さの精霊術の前に、警備ロボット達はあっという間に破壊されその場に沈んだ。

「これが精霊術……」

セレナは、生まれて初めて生で見たそれに驚きを隠せなかった。
黒匣を使わずにセレナ達で言う"算譜術"……簡単に言うと魔術の類を操ることができるのは、リーゼ・マクシア人だけだった。

「怖いですかな?」
「どちらかというと、羨ましいかな」

黒匣を使わずにこんな術が使えるならば心強いことだろう。
戦闘エージェントであるセレナの初めて見た精霊術への感想は、恐怖よりも羨望に近いものだった。

「それに黒匣は、世界を滅ぼしてしまう物だから」

セレナの言葉に、問いかけたローエンは眉を下げただけであった。

「応援が来る前にとっとと行こうぜ」

後方を確認しながらアルヴィンがそう言った。
どうやら彼はこういった荒事に慣れているらしい。

セレナは、アルヴィンがスヴェント家の"アルフレド"という名前でリーゼ・マクシアの商品を扱う商人だという身の上から、おそらく彼が"行方不明だったジルニトラ号"に乗っていた"スヴェント家本家の嫡男"だと確信した。
断界殻解放により20年ぶりにエレンピオスに戻ってきたという彼の噂は、所々で耳にしていたからである。

スヴェント家はエレンピオスでも有数の名家だが、本家の当主を含めた一家やその親類筋も幾人かが過去に行方不明となっていたのだった。

詳しい身の上は分からないものの、おそらく相当な苦労を重ねてアルヴィンが今ここにいるということは想像に易かった。
ジルニトラ号でリーゼ・マクシアに流されたエレンピオス人達は、かのテロ組織"アルクノア"の工作員になったという話も聞く。

しかし兎にも角にも今は頼れる味方だ。
自分との付き合いはまだかなり浅いが、そもそもこのメンバーの要であるルドガーが選んだ仲間なのだから、加えてもらっているセレナがどうこう言える問題でもない。

セレナは前を駆けるアルヴィンの背中をぼうっと見ながら、そんなことを考えていた。

「あれがアスカの捕らえられているケージのようですね」

いくつかのセキュリティゲートを抜け最後に辿り着いたセキュリティルームで、端末を叩いたローエンが目の前にある大きな窓の先を指差した。
そこにはセレナ達の背丈の倍以上はありそうな大きな透明なケージがあった。

どうやらここがジランドの話していた中央ドームらしかった。
一行はその大きなケージの前まで来ると、中から溢れ出る強い光に目を覆った。

「ま、まぶしー!」
「これが大精霊、アスカ……!」
「なるほど、確かに光の大精霊ですね」

エル、エリーゼ、ローエンが言う。
セレナも片手で目を覆いながら、目が慣れるのを待とうとした。
ふと、セレナは目を覆う片手はそのままに、もう片方の手でポケットに入れた黒匣を探った。
取り出したそれを見るために少し手を離して目線を下げたが、どうも反応はしていない様子だった。

「ルドガー、アスカは時歪の因子なの?」
「いや……何も感じない。あのケージに入ってるせいかもしれないけど」

セレナの問いかけに、眩しそうに目を細めてアスカを見るルドガーが答えた。

「開けるか?」

そう言ったアルヴィンがケージに銃を向けた時、別の銃声が響き、アルヴィンの横を弾丸が通り抜けて行った。

「どう言うつもりだ、アルフレド!」

どうやら目を覚ましたジランドが追いついてしまったらしい。

「俺の手柄に何をするつもりだ!」

興奮したジランドが銃を乱射した。
お世辞にも、銃の扱いに長けたアルヴィンの親類とは思えない腕だったらしいジランドは、なんと自分の大事な大精霊アスカのケージの制御部分に自らの弾丸を当ててしまったのであった。

「ケージが開きます!」

ローエンが叫んだのとほぼ同時に、大きなケージが音を立てて開いていく。
溢れんばかりの光の洪水が落ち着きセレナがゆっくりと目を開けると、そこには巨大な鳥が翼を広げていた。

「これが、大精霊アスカ……!」
「来るぞ!!」

エリーゼが後ずさる。しかしアスカは猛々しく鳴き声を上げ、セレナ達を睨みつける。
ルドガーが双剣を構え仲間達に注意を促した。

それを合図にエルは慣れた手つきでルルを抱き上げ、なるべく遠いところへと走って行った。
ジランドは部屋の隅で頭を抱えて座り込んでしまっている。腰でも抜けたのだろうか。

アスカは大きく翼をはためかせると、その鋭い嘴を煌めかせ、セレナ達の輪に突っ込んできた。

「避けろ!」

アルヴィンが叫ぶ。
それと同時に全員バラバラの方向に跳んでアスカの攻撃を避けた。
ルドガーがうおおおおと声を上げながらアスカに斬りかかり、アルヴィンが銃弾を撃ち込んでアスカの注意を引く。
ローエンとエリーゼはその間に後方へ下がり、精霊術の詠唱を始めた。

セレナは銃を構えながらも、生まれて初めて見る大精霊という存在の放つ威圧感に押されてしまい、上手く立ち回れずにいた。

(これが大精霊……人智を超えた存在……!)

額を流れる汗を拭うこともできず、ただ縦横無尽に飛び回るアスカを目で追うのに精一杯なセレナ。
エレンピオスで生まれ育った彼女には、普通の魔物や人間相手の戦闘はエージェントとして十二分な程に立ち回れる自信があったが、精霊相手となると話は違った。

今彼女を支配しているのは、恐怖。
戦わなければいけないのは頭で理解しているのに、足がすくんで動けなかった。

その間にもローエンが放った精霊術がアスカに降りかかり、やや動きが鈍った瞬間にアルヴィンが大剣で下から切り上げる。
エリーゼが支援魔法を唱え、その恩恵を受けたルドガーが双剣を手にアスカに飛びかかった。

(皆が戦ってる。私も早く、動かないと……!)

断界殻が解放されて精霊と親しい文化を持つリーゼ・マクシアが現れた日から、戦いに身を置く自分にもいつか精霊と相見える日が来るとは思っていた。
しかし実際に目の前にするとそのあまりの存在感に、こんな強大なものに勝つことなど出来るのだろうかといった恐怖感に支配されてしまう。

しかし仲間達は必死に戦っている。自分だけ逃げてはいられない。

セレナの視線の先で、アスカが詠唱中のエリーゼを狙い光弾を放とうとしていた。
ルドガー、アルヴィンからは届かない場所で、ローエンも詠唱中だ。

「こっちよ!」

なんとか気持ちを奮い立たせ、セレナは叫ぶ。
銃を構えた手は震えていた。

それでもグッと力を込め、引き金を引いた。
銃弾は滞空していたアスカの腹に刺さる。

するとアスカは大きく向きを変え、その双眼でセレナを捉えた。

「嫌……」

怒りに血走ったアスカの眼がセレナを射抜く。
逃げなければいけないと、全身の血が逆流するように感じた。

しかし銃を撃つのさえ決死の思いだったセレナに、冷静にアスカの攻撃を避けることなど出来なかった。

(来る!)

「セレナ!!」

セレナは目を瞑ることもできず立ち尽くす。
アルヴィンの叫ぶ声がしたのと同時に、轟音が響いた。

しかしその時、セレナの眼前に青が躍り出る。

「うおおおおおおお!!!」
「ルドガー!!!」

ルドガーが双剣を前に構え、アスカの放った光弾を防いだのだった。

「セレナ、今だ!」

驚き固まったセレナに向け、ルドガーが振り返らずに叫ぶ。
その声に弾かれたように、セレナは再び銃を構えた。

「はあああっ!!」

セレナはアスカの双眼を狙って銃弾を放って行く。
目を狙われたアスカは、堪らずその身を翻した。

「大丈夫か!?」
「ごめん、ルドガー!」
「無事なら良いよ。行けるか?」
「うん、もう大丈夫」

ルドガーがセレナを自分の背の後ろに庇ったまま短く会話を交わす。
セレナの言葉にルドガーは頷くと、地を蹴ってまたアスカへと向かって行った。

セレナは先程までの恐怖が自分の中から消えて行ったことに気付き、自分もルドガーに続けとばかりに走り出した。

セレナは詠唱中のローエンの前に陣取り、ポケットから銀色に輝く細いワイヤーを取り出す。
ワイヤーの先には爪のような物が付いていて、セレナはそれをアスカに向けて放った。

放たれたワイヤーは天井高くまで舞い上がったアスカの脚先を捉える。

「ローエン!精霊術を!」
「心得ました!」

セレナがアスカに引きずられないようワイヤーを捌きながらにそう叫ぶと、ローエンはちょうど詠唱を終え火の精霊術を放った。
それが着火すると同時にセレナはワイヤーから手を離す。
燃え盛る焔はワイヤーを伝ってアスカに燃え移った。

グアアアアアアアというおぞましいアスカの叫び声が響き渡る。
そして大精霊アスカは、遂に地に墜ちたのであった。



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どうしても説明が多くなるのは仕様です……



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