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クランスピア社にて、ルドガーは自分が副社長に任命されたこと、エルがビズリーに連れられてカナンの地へ行ってしまったこと、そしてビズリーはオリジンに精霊を人間の道具にすることを願おうとしていることを知った。

そして今彼らは、1階のエントランスでリドウやイバルの他数名のエージェントに囲まれている。

「ここは通行止めだ、ルドガー副社長」
「定番すぎるセリフで申し訳ないけど、社長命令は守らないと」

イバルの後に続けて、リドウが嫌味たらしい笑いを浮かべて言う。

ルドガーは今しがた、やっとエルを助けに行く踏ん切りをつけたところだった。
そのためにジュードと拳を交えまでして。

エルはビズリーのGHSを通じて、ルドガーはカナンの地へは来ないよう告げた。
それから一緒に行くと言う約束を破ったことを謝罪し、ゆるしてねと言い残し電話を切ったのだ。

その時のエルの言葉がルドガーの脳裏に蘇る。

『ルドガーは、セレナと一緒にいられるようになるから!』

電話口の向こうでビズリーがフッと笑った声が聴こえた。
しかしエルはそれ以上語らず、ルドガーはエルの真意を分からないままだった。

「退いてくれ、イバル。
私達はカナンの他へ行かねばならない。精霊と人の未来の為……エルの為にも」

ミラが自分の巫女に向けてそう言う。
だがイバルはたじろぎながらもそれを肯定しなかった。

「ふふふ、俺を無視とは興奮しちゃうなぁ。冷徹な君は、まったくもって素敵だ」

リドウがナイフを構えながら舐めるようにミラを見た。
しかしそこへミュゼとガイアスが駆けつけ、ルドガー達を囲んでいたエージェントをなぎ倒していく。

「あーあ、面倒なお方が来ちゃったなぁ。けどこっちもルドガー君を止めないとヤバイんだ。
保険は掛けてるけど……命がかかっててね」

ガイアスの姿に顔を困った様に覆いながらも、リドウは余裕の笑みを浮かべながらエージェント達に指示を出した。

すると数人のエージェント達が構えた大型の銃の様な黒匣が、ミュゼが放った術を打ち消した。
どうやらそれはかつてアルクノアが開発した“クルスニクの槍”という精霊術を打ち消す兵器の携帯版らしい。

ミラとミュゼを後ろに庇いつつルドガー達がどう出るか考えあぐねていると、リドウの元にエージェントではない黒ずくめの男が現れた。

「リドウ様、バクー邸突入の準備が整ったとのことです」


Chapter14 ルドガー、任務完了


「……ご苦労。計画通り、夕食時を見計らって決行しろ」
「はっ」

男が去って行くと、リドウは口元に気味の悪い笑みを浮かべた。

「バクー邸って……セレナの家のことじゃ!?」
「突入とはどういうことだ」
「聞こえちゃいましたかぁ?なら仕方ない。
アルクノアがうちの会社を目の敵にしてるのは知ってるよな?
その社長宅にテロなんざ、想像出来ないことじゃないだろ」

ジュードとガイアスがリドウを睨みつける。
ルドガーは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
しかしリドウはたじろぎもせず、相変わらず笑みを浮かべたままそう言い放った。

「……言っただろ、保険をかけてるって。ちょっとあのお嬢様には交渉の為の材料になってもらわなくちゃいけないんだよ」
「セレナを人質にする気ね!?」
「一体何の交渉だ!」

リドウが少し声を低くして続ける。
ミュゼとミラもそう言いながらリドウを睨む。
リドウはそれには答えず、代わりにエージェント達にクルスニクの槍を乱射させた。

「どうする、ルドガー」

黒匣から放たれる光線を刀で防ぎながら、ガイアスがルドガーに耳打ちした。
ルドガーはしばらくリドウの言葉に動揺を隠せずにいたが、ふと入社試験の時のユリウスの言葉を思い出した。

『訓練所はトリグラフの地下全域に広がっている。外にも出ることができるが……』

「地下から外に出られるはずだ!」

そうガイアスに告げると、ルドガーは地下訓練場へのエレベーターを見た。
隣にいたジュードもそれを聞いていたようで、1人頷くと仲間達に言った。

「囮がいるよね。ミラ達にクルスニクの槍が当たると大変だから、僕が出るよ」

そう言い終わると同時に、ジュードはエレベーターとは反対の方角に走り出した。
釣られてエージェント達はジュードに銃口を向ける。

「馬鹿が、揺動だ!」

いち早く気付いたリドウが叫ぶが、既にルドガー達はエレベーターに向かって走り出していた。

「僕に構わず行って!セレナを助けに行かないとでしょ!」

ルドガーがジュードを待とうとためらっていたが、それを察したジュードが叫ぶが。
それを受けて、ルドガー達は滑り込んだエレベーターの閉ボタンを断腸の思いで押したのだった。


「くそっ!」

ルドガーがエレベーターの扉を殴りつける。
友達を囮にするなんて、本当ならしたくなかった。
そんなルドガーの肩にミラが手を置く。

「案ずるなルドガー。ジュードなら必ず大丈夫だ」

ルドガーがミラに顔を向けると、彼女は確信を持った表情で頷いた。
2人の信頼関係は何よりも固い。
それを知っているルドガーは、ミラの瞳を見つめながら釣られるように頷き返した。

地下訓練場に到着したルドガー達は、訓練用モンスターに行く手を阻まれながらもなんとか出口に到着する。

しかしそこには先客がいて、それは先回りしていたリドウとイバルだった。

ミラはもう一度イバルに退くよう言うが、やはりイバルは首を縦に振らなかった。
これは彼なりのケジメだと言う。

リドウにはルドガー達に勝てる確信があるらしい。
刀を構えるガイアスの睨みを気に留めず、リドウは不敵に笑った。

彼の内臓のいくつかは、幼い頃に患った病気により黒匣に入れ替えられているらしかった。
リドウはそれを改造し、身体能力を引き上げたと言う。

「勿論身体は持たないが、持ってる間にお前らをぶっ潰せばオーケーだろ?」
「何故そこまで自分を追い詰める!」

ガイアスが問いかけるが、それを無視してリドウは骸殻化する。

瞳孔を開かせたリドウが咆哮を上げながらルドガー達に襲いかかって来た。
イバルも刃を構えてそれに続く。

「お前は一体、セレナをどうするつもりだ!!」

リドウのナイフを弾き返しながらミラが叫ぶ。
勢いが衰えることのないまま、リドウは別のナイフを飛ばす。

「社長とある取引をするための、交渉材料にするだけさ!」

「何の取引だ!」

今度は、横からそのナイフを叩き落としたガイアスが叫び返す。

「……俺を“橋”にさせないための……だよ!」
「橋って、何のこと?」

イバルの刃を防ぎながらも、ミュゼが小首を傾げた。

「フッ……ルドガー、お前は本当に何も知らないんだな!」

そう言いながらリドウがルドガーの懐に飛び込んでくる。
ルドガーはその言葉に苛立ちを隠さずにギリと歯を食いしばった。

「過保護な兄貴が、くだらない家族ごっこで育てた箱入りが!」

リドウがルドガーにナイフを突き立てる寸前で、ミラが召喚したシルフの鋭い風が彼を切り刻む。
僅かにリドウが怯んだ隙に、ルドガーはその腹部にハンマーで強烈な一撃を叩き込んだ。

「ぐうっ……!」

壁に打ち付けられたリドウがくぐもった唸り声を上げた。
そしてずるずるとその場に崩れ落ち、彼の骸殻化は解けた。
その手前には、イバルが肩で息をしながら膝をついている。

「……どっちにしろもう手遅れだ。今頃お嬢様は簀巻きにでもされて、屋敷から担ぎ出されてるだろうよ」
「……くっ!」
「落ち着けルドガー。どうやらセレナの命の安全は保証されているようだ。とっとと助けに行くぞ」

挑発するような眼差しを向けながらリドウが言う。
ルドガーはリドウを睨みつけたが、それをミラが制する。

「そうだ、この男に煽れらて余計な憎しみを募らせても、こいつの思う壺だ」
「ちっ……」

ガイアスもリドウに刀を向け威嚇したままそう続ければ、リドウは苦々しく舌打をした。

それから、もう戦う気力の残っていないイバルの前に、ミラが一歩歩み出た。
彼女はイバルに、今までの尽力と忠誠を感謝する言葉を伝えた。

その言葉を受けたイバルは、深く礼をしてから足を引きずってその場を去った。

ルドガーはその背中を静かに見送った後、自分たちも外へ出るために歩き出す。
その後ろから、地に伏したままのリドウが半ば叫ぶように声をかけた。

「予言してやるよ、ルドガー。
……お前はここで止まらなかったことを、死ぬほど後悔するぜ!」

ルドガーは一度だけ立ち止まり、少し視線を後ろへやる。

その目はまるで、リドウを哀れんでいるように見えた。


一人残されたリドウは、去り際のルドガーがユリウスと同じ目で自分を見ていたと苛立ちを口にしていた。
しかし彼はすぐに口の端をあげ、いつもの不敵な笑みを浮かべる。

「まだ逆転のチャンスはあるんだよ」

だがリドウは知らない。

ビズリーの命を受けたエージェント達が、もうすぐそこまで迫ってきていると言うことを。
彼が抵抗出来ないように、内臓黒匣の制御装置を携えて……



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リドウも可哀想だなと思います。
彼がしたことの数々は、もちろん許されないことですが。



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