07-02  [ 5/72 ]



一通り自己紹介が終わり、いよいよルドガーを筆頭に分史世界へ侵入することとなった。

ルドガーが真鍮の懐中時計に手をやると、次第に辺りの景色が歪んでいく。
その異質な感覚に堪らず目を瞑ったセレナが次に目を開けると、一同はトリグラフ中央駅の構内にいたのであった。

「ここが分史世界?」
「今までのあの妙な感覚の正体がこれか」

セレナの言葉に頷きながらアルヴィンが零す。
ヴェルから聞いてはいたが、ジュードやアルヴィン達は前にも分史世界に入ってしまったことがあるらしかった。

「想像してた以上に正史世界と同じ……」

セレナはそう呟くと、辺りを見回した。
トリグラフ中央駅はよく利用するが、券売機も売店も駅員事務室も食堂も、自分のよく知っているそれと変わらないように見えた。

「アスコルド行きの電車がある!」

しかしジュードが行き先表示板を見て正史世界との違いに気付いたのであった。

「ここではアスコルドがテロに遭ってないってことなのかな」
「時歪の因子と何か関係あるのかも」

セレナの言葉にレイアが返した。

ふと、構内で電車を待っている若いカップルの会話が耳に入って来た。

「大精霊アスカって、どんなんだろうね」
「聞いた話だと、ものすごく大きくて、捕まえるのにもえらい苦労したみたいだぜ」
「へー。でも、お陰でアスコルドが完成したんでしょ?すごいよねー」
「な!これでうまい野菜が腹いっぱい食べられるようになるんだろうなー。楽しみだぜ」

「……大精霊アスカ?」
「この世界のアスコルドは、大精霊の力を動力にしてるってこと!?」

エリーゼとジュードが顔をみあわせた。
ローエンがルドガーに提案する。

「ルドガーさん、アスコルドへ行ってみませんか」
「ああ」

そして、ジュードとレイアがトリグラフの街中で情報を集め、ルドガー達はアスコルドへ向かうことになった。

「私もルドガーと一緒に行って良いかな?」

セレナの問いかけにルドガーは、良いけれども何故かと言いたげに首を傾げた。

「前に話した試作品のテストのことなんだけど、電車の中で説明するね」
「僕にも後で聞かせてね!」
「うん。ジュードに見てもらったら何か新しいアイディアが沸くかもしれないし」

ジュードは少し残念そうにしつつ、何かあればGHSで連絡すると残してレイアと共に駅から出て行った。
セレナ達は切符を買い、無事アスコルド行きの電車に乗り込んだ。

車内はボックスシートになっており、特段混んでいたわけでも無かったのでセレナ達は着席することが出来た。

「電車、空いてるね」
「さっき他のお客が話してたの聞いたんだけど、クラン社で新製品の発表があるんだってよ。
だからみんなそっちに行っちまったんだと」
「新製品かぁ……なんだろう」
「分史世界だけど、やっぱり自社のことだから気になるか?」
「うーん、少しはね。役に立つアイディアが得られるかもしれないし」
「さすが開発部門のエージェントですね!」

セレナとアルヴィンの会話にエリーゼも加わる。

「そう言えばさっきの試作品の事なんだけど……」

ふと思い出したセレナがルドガーに向き直る。
そしてポケットから小さな半透明の丸い石のような物を取り出した。

「何だそれ?」
「これが黒匣なんですか?」

アルヴィンとエリーゼがセレナの手元を覗き込んだ。

「うん。"タルボシュの月"って名付けたんだけど、これは時歪の因子を探す装置なの」

セレナはそれをルドガーの目の前に差し出した。

「時歪の因子が近付くと反応するはずなんだ。まだ実際に使ったことは無いんだけど」
「それでルドガーさんと一緒に行動して、時歪の因子に出会った時に正常に反応するか確かめるのですね」

ローエンの言葉にセレナは頷いた。
そして"タルボシュの月"をポケットにしまう。

「これが実用化出来れば少しはお父様も認めてくれる。
そうしたら次は分史世界への侵入を研究したいの。
私は時計を持たずに生まれてきたから、少しでも分史対策室の人たちの力になりたくて……」

そう話すセレナの表情はどことなく寂し気だった。
しかしルドガーはそんな彼女の気持ちだけでも、厳しい戦いを続けている分史対策エージェント達には嬉しいのではないかと思った。
勿論自分も含めて。

「私、エージェントになったばかりだし、社長の娘なのに分史世界のこととかよく知らないの。
それでも、この仕事がどれだけ孤独で大変なものかは知っているから」
「セレナ……」
「それで無理を言ってルドガーに同行させてもらえるよう頼んだの。
だから、その分戦闘とかで力になれるよう頑張るね」
「セレナ、たのもしー!」
エルの言葉にセレナも表情を緩めた。

しばらくして、電車がアスコルドに到着する。
電車から降りると、そこは既にアスコルドの工場内だった。

「駅が直接工場に繋がっているんですね」
「うん。正史世界でもこうなってたんだよ」

エリーゼが驚きの声を上げると、セレナがそう教えた。

「セレナはアスコルドに入ったことがあるのか?」

ルドガーが尋ねる。

「ううん、でも完成図とか実際の映像なんかは見せてもらったよ」
「セレモニーには招待されなかったのか?」
「お父様はあんまり私を公の場には出そうとしなかったからね……
まあ、出席してたら今頃ここには居なかったかもしれないけど」
「そうか……」

アルヴィンの質問にセレナが答えると、ルドガーは苦い顔をしてそう呟き、黙りこんでしまう。
そこで初めてセレナは、列車テロ事件の犯人とされているユリウスがルドガーの兄だと言うことを思い出した。

「ルドガー、その……」
「そこで何をやっている」

セレナはルドガーに何かを言いかけたが、それは後ろからかけられた声に遮られてしまう。

「お前……来たのか、アルフレド」
「ジランド!?あんたこそなんで……」

どうやら後ろからやってきた男はジランドと言ってアルヴィンの知り合いらしい。
おそらく分史世界のアルヴィンと勘違いしているのであろう。

セレナとルドガーは、男の呼ぶ"アルフレド"と言うのがアルヴィンの本当の名前らしいと言うことに気が付いた。
2人はどういった仲なのであろうか。

元々愛想が良さそうには見えない顔をいっそう険しくさせてジランドは言った。

「それがスヴェント家次期当主に対する口の聞き方か?」
「あんたが次期当主……?
いや、すまない、叔父さん。今度から気を付けます」

ここは話を合わせた方が得策だと考えたアルヴィンが謝ると、ジランドはいくらか機嫌を直したようだった。

この男はアルヴィンの叔父らしい。
アルヴィンの叔父と言うことは……と、セレナには思い当たる節があった。

「スヴェント家の方……?」
「ん?これは、ミス・バクーではありませんか。何故アルフレドと一緒に?」

セレナの呟きを聞いて、ジランドは彼女に気が付き驚いたように声を上げた。

「ごきげんよう、ジランド様。えっと……」

セレナはとりあえず挨拶をしてみたものの、この男の事を知らない為にどう話を続けたものかと言い淀んでしまった。
どうやらこの世界のセレナもビズリーの娘らしい。

「こいつらが共通の友達でね。ここを見学させてもらいたくて来たんだ。
叔父さん、頼みます」
「私からもお願いします」

すかさずアルヴィンがフォローを入れ、セレナもうんうんと首を縦に振った。
するとジランドは甥の態度やスポンサー企業の社長令嬢からのお願いに気を良くしたのか、工場内の見学を了承し、自ら案内役を引き受けてくれた。

(たまには立場を利用してもバチは当たらないよね?)

セレナはジランドの後ろを歩きながら、心の中でそう呟いた。

「ここの動力源は大精霊アスカなんですよね?」
「そうだ。私が発見し、捕獲した。アスコルドを賄って余り有るエネルギー源だ。
精霊の利用は、今後のエレンピオスの未来を左右する産業になるだろう」

エリーゼがジランドに問うと、ジランドは自慢気にそう説明した。

(精霊の"利用"か……ジュードが聞いたら怒るだろうな)

セレナはジランドの得意気な声色を聞きながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

その隣ではルドガーはジランドの後ろ姿を見つめているが、どうやら彼は時歪の因子では無いらしい。
セレナもポケットから"タルボシュの月"を出してみるが、反応は無い。

アルヴィンはそんなルドガーとセレナの様子を確認してから、彼の叔父に問いかけた。

「大精霊アスカは地下に捕らえてるんだっけ?」
「ここに地下は無い。アスカは中央ドームに捕らえてある」

するもその瞬間、ジランドが倒れこんだ。

「サンキュー、叔父さん」
「アルヴィン、乱暴すぎですよ!」

エリーゼがアルヴィンを非難する。アルヴィンがジランドを殴って気絶させたからだった。

「こいつが時歪の因子じゃないなら怪しいのは大精霊アスカだろ。見張られてたら手は出せないからな。それに……」
「そうですね、私達は……」

アルヴィンの言いたいことを察したローエンが頷いた。

「俺達はこの世界を壊しに来たんだ。だろ?ルドガー」

アルヴィンにそう振られたルドガーも、静かに、硬い表情で頷く。
それを見たセレナは、悲しそうに眉を下げた。



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シナリオブックも持っているのですが、都合により発言者が違ったり内容が変わっていることが多々あります。



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