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翌朝、全員が浮かない表情で宿の前に集まった。
その中でも特にエルは固い表情で俯いている。

「エル、大丈夫?」

ジュードがエルに視線を合わせて問いかけると、エルは無言で力なく頷いた。

その様子を見ていたミラが、険しい表情でローエンに話しかけた。

「現実を考えれば、エルをこれ以上危険に晒すべきではないだろう。ローエン、エルが安全に過ごせる場所を確保してもらえないか?」
「それは、構いませんが……」

ローエンがエルを横目で見ながら言い淀むと、弾かれたようにエルが顔を上げた。

「エルがニセ者だから置いていくの!?」
「そんなはずないだろ!」

エルの吐き捨てるような言葉に、ルドガーが声を荒げた。
エルは一瞬たじろいだが、ルドガーの後ろで俯いたままのセレナを見ながら叫ぶように続けた。

「そんなはずある!パパがそうだったし……パパが一緒にいたかったのは、セレナとのこどもの“本物のエル”だったんでしょ!?」

その言葉にセレナがハッと顔を上げる。
彼女は何も答えられず、困惑したように瞳を揺らした。

「エルはジャマモノなんだよ!」
「そんなことないよ!」

しかしその後にエルが涙を貯めて言うと、今度はセレナが半ば叫ぶように言った。

「エル……私のことは、いいから……」

エルが口を噤むと、セレナは消え入りそうな声で続けた。

「分かった。一緒に行こう」

気まずい空気を、凛としたミラの声が割いた。
エルはミラを見上げ、ミラはそんなエルを見て大きく頷いた。

ルドガーは一瞬だけセレナの横顔を盗み見る。
しかし彼女はただ悲しげに眉を下げ、口を固く結んでいるだけだった。


Chapter13 出現、そして……


ヴェルからの指示でマクスバードのリーゼ港まで戻ってきた一行は、他のメンバー達と落ちあった。

「借金、ありがとな」

合流したアルヴィンにルドガーが礼を言う。
別行動の合間に、彼らはクエストなどをこなして僅かばかりだがルドガーの返済を手伝ってくれていたのだった。

「いや、俺たちにはこれくらいしかできないからよ。ところで、エルはどうしたんだ……?」

アルヴィンの視線の先には、一人堤防に腰掛けて水平線の先を見つめているエルの姿があった。

ルドガーは言葉に詰まる。
しかしその様子を見ていたローエンが輪に加わり、ルドガーの代わりにこれまでのいきさつを説明してくれた。

「そんなことが……」
「いくらなんでも、残酷すぎるよ……」

アルヴィンと、途中から話に加わったレイアが悲痛な表情でそう言った。
ルドガーは沈痛な面持ちで俯いていた。

と、そこへヴェルからのメールが届いた。

“到着を確認。カナンの道標を五芒星の形に並べよ。”

「動きが筒抜けで嫌な感じね」

ルドガーがメールの内容を読み上げると、柱の影に身を潜めた探索エージェントを横目で見ながらミュゼが近寄ってきた。

「ゴボーセー……?」

いつの間にか隣に来ていたエルが首を傾げる。

「五芒星は、星の形のことだ」
「やってみるといい。それはエルとルドガーが集めたものだろう」

ルドガーがそう答えれば、ミラが2人に声をかけた。

その言葉を受けてルドガーは五つの道標のうち四つを、エルに五芒星の形を教えるようにして地面に並べて行く。
そして最後の一つ……彼女の父親から得た道標はエル自身がそれに倣って並べた。

すると五つの道標が共鳴するように光を放ち、星の形をした模様が浮かび上がった。

「ルドガー、星!」

エルが目を輝かせてルドガーに振り向く。
ルドガーはそれに優しく微笑み返した。

しかしエルの目がそのルドガーの表情と彼の肩越しに見えたセレナの姿を捉えると、すぐにその表情は曇ってしまった。

「ねえルドガー……ルドガーは、パパと同じ人なんだよね?」

ゆっくりと立ち上がりながらエルがルドガーの目を見つめた。
彼女と同じ色の瞳。
彼女の最愛の父親と同じ瞳。

「パパと一緒で……ニセモノのエルはいらないって思う?」

ルドガーはその言葉に目を見開いた。
そんなわけない!そう返すため口を開こうとした瞬間、さらなるエルの言葉がルドガーを硬直させる。

「ルドガーも、本当はセレナと離れたくないんでしょ……?」

やはりエルはヴィクトルの言葉を気にしていた。
それに、エルはルドガーの気持ちもセレナの気持ちも知っているのだ。

縋るような、それでいて諦めたような瞳に見つめられ、ルドガーは何も言い返せなくなってしまった。

「ルドガー、あれ!」

突如ジュードが焦ったようにルドガーを呼んだことで、2人の意識はジュードが指差した先の空に向かう。

道標から発せられた光が何もない空中の一点に注いだかと思うと、空が突然暗くなる。
二つの月が重なり合い、そこに巨大な目玉のような物が現れた。
そしてその目が開かれると、暗黒の塊が現れ、その中には胎児の様な物が薄っすらと映し出されていた。

「オリジンめ、あんなところに隠していたとは!」

ミラが苦い表情を浮かべて言った。

「あんなのがほんとにカナンの地なの……?」

エルが困惑して呟く。
しかしその疑問は、ミラが確信を持って肯定した。

「ですが、どうやってあそこに?」

ローエンが至極最もな疑問を述べる。
その気味の悪い物体……カナンの地は、遥か遠くの空中に浮かんでいたからだった。

「空中戦艦は!?」
「クラン社には確かにあるけど……」

レイアの言葉に、セレナがカナンの地を睨みつけながら答える。
本当にそんな簡単にあそこにたどり着けるのだろうか、そう考えながら。

「無駄だ。近付くだけで中には入れん」
「クロノス!」

突然聞き覚えのある冷たい声が響く。
その声の主を捉え、ジュードがすぐに叫んだ。

「まさか本当に道標を揃えるとは……探索者の相手をしている暇では無かったな」

そう言うとクロノスは、ゴミでも放り捨てるかのように抱えていたモノを投げた。

ドサッと音を立てて地に落ちたのは、傷だらけのユリウスだった。

「兄さん!」
「やめろルドガー!勝ち目はない……!」

駆け寄ろうとするルドガーにユリウスが弱々しく告げる。
ユリウスが時計に手をやろうとしたところでクロノスが彼を踏みつけた。

「ぐあああっ!」
「貴様こそやめておけ。時歪の因子化したくないであろう」

ユリウスが堪らず悲鳴を上げるが、クロノスは氷の様な眼差してユリウスを見下ろしていた。

「やめてクロノス!ユリウスさんを離して!」
「“力”も使えぬ“箱入り”が」

セレナが叫ぶが、クロノスの視線が彼女に移っただけで、ユリウスを踏みつける鋭利な足は動かなかった。
その見下した言葉に、セレナは奥歯を痛いくらいに噛み締めた。

「時歪の因子を作っていたのはあなたではなかったんですね」
「我はクルスニクの一族に骸殻の力を与えただけ。時歪の因子とは、奴らが我欲に溺れ、力を使い果たした姿だ」

ジュードが険しい表情で問うと、クロノスはさも興味がなさそうに答える。

「分史世界を偽物として消去してきた貴様が、真実を知らぬとはな。一体、何をもって真贋を見定めて来たのだ?」
「……くっ!」

クロノスの挑発する様な言葉に、ルドガーは眉間に皺を寄せ双剣に手をかけた。

「人間というのはかくも愚かなもの。オリジンの審判を待つ必要もない」
「くううっ……逃げろ、ルドガー……!」

踏みつける足に力を入れながら、クロノスが不快感を隠さず吐き捨てる。
ユリウスは苦悶の表情を浮かべながらもルドガーの為に声を上げた。

しかしルドガーはそんな兄の姿を見せられて黙っていられるわけもなく、双剣を振りかざしクロノスに斬りかかる。

「愚かにして未熟!」

しかし生身のルドガーの攻撃はあっさりとクロノスにかわされ、逆に痛烈な術を食らわされてしまう。

「なんで変身しないの……!?」

骸殻化せずにクロノスに立ち向かって行くルドガーにエルが叫ぶ。

しかしルドガーは、これ以上エルを時歪の因子化させない為、もう骸殻能力を最低限しか使わないと決めたのだった。

「もう骸殻は使うな、ルドガー!」

再びクロノスに斬りかかろうとするルドガーの前に、彼を庇う様に骸殻化したユリウスが立った。
クロノスはそれに更なる不快感を露わし、ユリウスの攻撃をいとも簡単に退けて行く。

「醜悪極まる」

クロノスが片手を翳す。
すると突然辺りに術式が浮かび上がった。

「逃げろ!」

ユリウスが全員に叫ぶが、反応が遅れたエルが術式の中に取り残されてしまった。

「エル!」

ジュードが叫びながら、レイア達数人と共にエルの元へ駆け寄る。
ルドガーもいち早く駆けつけようとしたが、ユリウスに庇われたことにより叶わなかった。

「きゃああああああっ!」
「だめっ!」

術式が展開し、辺りに残されたメンバーを飲み込む。
バチバチと火花が散るような音が響き渡りエルが叫び声を上げたが、エル自身には痛みも衝撃も訪れなかった。

「セレナ……?」

エルがゆっくりと目を開けると、いつかの分史世界での時と同じように、セレナが自分を抱き締めて守ってくれていることに気付いた。

「エル、大丈夫……っ?」

セレナはゆっくりと身体を離す。
しかし術が展開した際に受けたダメージにより、一瞬ふらついてしまった。

「閉じ込められちゃったね……」
「ルドガー達はクロノスと戦ってるのか?」

同じようにダメージを受けながらもなんとか耐え抜いたレイアが辺りを見回して言う。
アルヴィンがシャツを払いながら立ち上がってそれに続けた。

「なんでエルなんかのために!」

エルが突如セレナに向けて叫ぶ。
しかしセレナは、困ったように眉を下げて穏やかに返した。

「なんでも何もないよ」

そしてセレナは少し屈んでエルと視線を合わせた。

「エルは私の友達だもん」
「でも……エルはニセモノだし……」
「それに私の大切な人の、大切なコだから。勿論、私にとっても」

エルが言い淀んでいるのに構わず、更にセレナは続けた。

「自分のことニセモノなんて言わないで?エルを守ってきた人達のこと、エルの生き方で証明するんでしょ?」

ハッとエルの瞳が開かれる。
彼女の目には今、消えてしまったミラやヴィクトルの姿が浮かんでいるだろう。

「エルは……」

しかしエルが何か言いかけた瞬間、エルを中心に光が溢れてセレナ達を閉じ込めていた結界が解けた。

セレナはエルに向けてもう一言だけ付け足した。

「ルドガーは、エルのアイボーでしょ?」

その言葉に、エルはルドガーの方へ振り返る。
するとルドガーはクロノスと対峙しており、今にもクロノスの攻撃を浴びてしまいそうなところだった。

「ルドガー!!」

エルは弾かれたように走り出す。

セレナも後を追いたかったが、先程受けたダメージにより身体が言うことを聞かなかった。

その時、セレナの横を通り抜ける一人の男がいた。

セレナにはすぐにそれが誰か分かる。
彼女は大きく瞳を開かせ、驚きの表情を浮かべながら男の背中を見送った。



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あのお方の登場です。



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