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セレナは、あの後どうなって、そしてどうやって自分が今ここディールの宿に居るのか分からないでいた。
少し頭を働かせると朧げに、ふらふらとした足取りで仲間達の背中を追って歩いてきたことが思い出された。

(そうだ、魔物とはミラたちが戦ってくれたんだった……)

セレナとエルを庇いながら、一番疲労の多いルドガーにもなるべく負担をかけないように、3人は率先して魔物と戦った。
それから一行はディールに戻ってくると宿を取ったのだった。

(エルが、時歪の因子化しかけてる……)

ルドガーの骸殻能力は、エルを媒介にしていたらしい。
ヴィクトルの時計とルドガーの時計が一つになってしまった事がきっかけというのがジュードの立てた仮説だった。

セレナは少しずつ道中での出来事を思い返しながら、食堂の窓際にある椅子に座ってぼうっと外を眺めていた。

ルドガーは宿のキッチンを借りて料理を作っているようだ。
ミラがその横で柱にもたれかかりながら何やらルドガーの様子を心配そうに見ては話しかけている。

(私、何の為にここに来たんだっけ……)

セレナはその様子を視界の端で捉えながらも、特に会話に耳をそばだてるわけでもなく再び思考の渦に身を任せた。

最初は、“道標”が骸殻能力者だと知り、クラン社の人間がいた方が情報が集めやすいと思い同行した。
ルドガーとエルの力になりたかったのもあるし、養父が2人を悪利用しないように注意を払いたかったのもある。

途中からは、“道標”の正体やエルとの関係性に気付き、ルドガーが彼と対峙した時の事を考え、彼の負担を和らげたいと思った。

彼がこの世界を消し誰を殺してもこの先もずっと彼の味方でいようと決め、そしてこの思いにけじめをつけようとして一度は拒絶したルドガーに思いを告げた。

これから先のエルの事を考えて、その思いはこれでおしまいにしようと決意していたのだ。

しかしヴィクトルから明かされた真実は、セレナの予想していたものより遥かに彼女の心に大きく影を落としたのだった。

一度は恋人となったのに、結局はエルの為にルドガーから離れた分史世界のセレナ。
彼女はおそらく、それが2人を守るのに一番良い方法だと考えたに違いない。

ルドガーを諦めさせる為なのか、エルの母親に目を向けてもらう為なのかは分からないが、ユリウスとの婚姻を受け入れたセレナ。
恐らくユリウスも、大切な弟のことを思ってそれに応じたのだろう。

しかし“鍵”であるエルを巡って彼女の夫や養父、仲間たちは皆ルドガーと対立した。
そして彼女自身は、ルドガーやエルの為に戦って、最後には夫であるユリウスの手によってその生を終えたと言う。

(あの世界の私は、それでよかったのかな……)

いや、恐らく彼女は最後までただ守りたい一心だったのではないか……セレナはそう結論付けた。
案外幸せだったのかもしれない、とも。

そして、もうひとつ気になるのがヴィクトルの言っていたセレナの骸殻能力のこと。

(“壊れた”時計って、何……?)

一度、別の分史世界でも骸殻能力者だったセレナの時計が存在していたことがある。
しかもセレナはそれで骸殻化した。
しかしその時の時計は、特に傷付いたところもなかったように思ったが……

セレナは答えの分からない自問自答を繰り返している。
まだ何か、ピースが足りない。
そう感じながら。

外では雨が降り続いており、夜の帳が下りたディールの町は静かで人通りも無く寂しい。
セレナは頬杖をついてそれを眺めていた。

「エル、かなり参ってる」

そう言いながら、二階の客室から出てきたジュードが階段を降りてきた。
それからジュードもキッチンに入り、ルドガー、ミラと共に何かを話し始めた。

(エル……ごめんね……)

少女があんなに慕っていたたった1人の肉親を消してしまった。
仕方のないことだったと言えばそれまでだが、分史世界の自分が彼の愛情を裏切ってまで守ったエルとその命を掛けて守ったヴィクトルを、気付いていたのにどうすることもできなかった。

さらに、幼い少女にとって自分の父親が母親以外の女性を愛していた事実、ヴィクトルのセレナへの態度や言葉は受け入れ難いものだったであろう。

(私、いつも無力だ……)

“また”失ってしまった。
それだけでなく、大事な存在に憎まれても仕方ない事実が明かされた。
そのことは、セレナの心の中に暗い影を落とした。

そこへ、エルがふらふらとした足取りで階段を降りてくる。
ジュードが声をかければ、セレナも釣られてゆるりと顔を上げてエルを見た。

「お腹すいたでしょ、エル。ルドガーがスープを作ってくれたよ」

そう言いながらジュードは椅子を引き、エルを座らせる。
それからミラ、ローエンもテーブルを囲む。

「セレナも、食べられるか?」

ミラが心配そうにセレナを見た。
セレナは少し考え込んでから頷くと、ゆっくりと立ち上がり皆のテーブルに向かって席を移動した。

「いただきます」

ルドガーが無言でセレナの前にもスープの入った皿を置く。
セレナはスプーンを手に取ると、仲間達に倣い少し掬って口に運んだ。

(ヴィクトルさんの味と……やっぱり似てる)

温かく優しい味のスープが喉を通る。

(でも、少し違う)

それが、“彼”とルドガーが全くの同一人物ではないということを示しているような気がして、セレナはふと手を止めた。

しかしその時、エルが突然叫び出した。

「……こんなのちがう!エルが食べたいパパのスープじゃない!ちがう!……パパは……エルのパパは!」

そしてスープの皿を払いのけ、拒絶するように腕を大きく左右に振る。
その弾みでエルはバランスを崩し椅子ごと倒れ、目の前に置いてあった寸胴がエルの上に落ちそうになった。

セレナの目には、そこからはまるでスローモーションのように見えた。

「ルドガー!」
「……くっ……!」

ジュードが叫ぶ。
降りかかる熱いスープからエルを守ったのは、その上に覆いかぶさったルドガーの左腕だった。
ルドガーが苦悶の声を漏らす。
赤く腫れ上がった腕に、急いでジュードが治癒術をかけた。

エルは何も言わずバタバタと走って階段を上がり、大きな音を立てて客室の扉を閉めてしまった。

「これで大事ないよ」

治癒術を掛け終えルドガーの腕を診たジュードが安心させるように微笑みかける。
ルドガーは礼を言うと空になってしまった寸胴を持ち上げ、キッチンへ向かおうとする。

「またスープを作る気?」
「……作りたいんだ。エルの為に」

ジュードが止めようとするが、ルドガーの困ったような微笑みに何も言い返せなくなる。
ミラがその背中を後押しし、ルドガーは再びキッチンに入った。

ジュードがルドガーの後を追いキッチンへ入る。
どうやら手伝うつもりらしい。

(うん。ルドガーはそれでいいんだよ。エルの為に……)

それを見届けてからセレナは空になった自分の皿をミラ達のものに重ね、ふらふらと立ち上がって2階へ続く階段に足をかけた。

「セレナさん」

ローエンがセレナに声をかけた。
セレナは足を止めると、少しだけ振り向き無表情で告げる。

「おやすみない」

そして、そのまま自分の部屋まで駆け上がって行ってしまった。

その後ろ姿を、ローエンとその横に並んで腕組みしたミラが見送る。
ジュードは心配そうにルドガーの横顔に目をやったが、ルドガーは眉一つ動かさずに淡々とスープ鍋をかき回していた。



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当初の予定では、この回でルドガーと夢主をくっつけるつもりでした。
でもエルの気持ちを考えるとふたりともそんなことしないだろうなーと思い、書き直した結果こんな感じになってしまいました。



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