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「お口にあったかな?」
「結構なご馳走様だったよ」

テーブルに並べられた料理の数々は本当に美味で、セレナ達は会話もほどほどにそれらを平らげた。

特にミラはご満悦だ。
腹ごしらえをしてきていた筈なのに、残さず食べてしまったのだから。

「おいしかったでしょ、ルドガー!」

エルが自信と期待を込めた目線をルドガーに送る。
ルドガーは眉を下げながら、それを肯定した。

「俺の負けだな」
「君もこれくらいできるようになる。そう……10年も経てばね」

そう言いながらヴィクトルはチラリとセレナを見る。

「君もそう思うだろう?」

セレナはハッと息を呑んだ。
それを見たヴィクトルは苦笑する。

「そんなに構えないでくれ。“私”は、君には特に嫌われたくない」
「パパ……?」
「なんでもないよ、エル」

ヴィクトルが小さく呟けば、聞き取れなかったのかエルが不思議そうに首を傾げる。
セレナは今だに固まってしまって動けなかった。

ヴィクトルがエルに向けて微笑めば、エルはすぐに頭を切り替えたようだ。

「でもね、ルドガーの料理もおいしいんだよ!スープなんかすっごいおいしいし、エル用のマーボーカレーも!」
「ふっ、こんなに楽しい食事は10年ぶりだ」

エルが一生懸命身振り手振りを交えてヴィクトルに話しかける。
ヴィクトルはエルと一同を見渡して品良く笑って見せた。

「ほわぁ……お腹いっぱい……ねむくなってきちゃった」

するとエルが大きくあくびをし、目をこすり出した。

「パパが、エルの好きなのばっかり……つくるから……」

そして目をとろんとさせ、ヴィクトルに向けて両手を突き出す。
久しぶりの再会に甘えているのだろう。
ヴィクトルは立ち上がるとエルを抱き上げ、そっとリビングのソファに寝かせた。

「頑張ったご褒美だよ」

そう言いながらエルの髪を撫で愛おしそうに見つめてから、ヴィクトルはダイニングに戻ってきた。


「さてヴィクトル、聞きたいことがある」

ミラが凛々しい声で言う。
彼女は常々、こういった役割を進んで引き受ける。

「仮面の無礼は許して欲しい……ある戦いで顔に傷を負ってしまってね」

ヴィクトルが優雅な動きでセレナ達の前に歩み寄ってくる。

「そうではない」

ミラはしっかりとヴィクトルの目を見てそう続けた。
それを見たヴィクトルが、では何を知りたいのかと問いかけた。

「……あなたは何者なんだ?」

少しの沈黙の後、ルドガーが口を開いた。
セレナが弾かれたようにルドガーの顔を見たが、ヴィクトルはそれを気に止めず、エルに視線を移す。

「この子の父親だよ」

それからルドガーに視線を戻した。

「大切な一人娘の幸せを願う……な」

さらにヴィクトルは続ける。

「それから、分史世界の人間だ」

ルドガー達は驚きの声を漏らした。

「それでは、エルさんも?」

ローエンが険しい顔で問えば、ヴィクトルは頷いた。

「この子は、クルスニク一族でも選ばれた者だけに受け継がれる力を持っている。
正史世界では失われた、時空を制す“鍵”なのだ」
「クルスニクの鍵!?」

告げられた真実にジュードが声を上げた。
ローエンもそれに続ける。

「それは、ルドガーさんではないのですか?」
「本人が一番よく分かっているだろう?」

ヴィクトルがルドガーの顔を見れば、ルドガーは悔しそうに舌打ちした。

「だから……そっか……」

セレナはパズルの最後のピースを手に入れ、そう呟いた。
ヴィクトルはセレナのことを、愛おしそうにすら見える柔らかい表情で見た。

「君は、分かってしまったんだな」
「ヴィクトルさん……」

「何を企んでいる」

セレナが言葉を詰まらせていると、彼女を守るかのようにミラがヴィクトルに厳しい視線を向けた。
ヴィクトルは精霊の主からの鋭い視線にも動じず、一瞬にして姿を消す。

「鍵の力も万能じゃなくてね……」

そして再び現れたかと思うと、ルドガーの後頭部に銃の形に見たてた指を突きつけていた。

「君が邪魔なんだよ、ルドガー」

ジュードが非難しようとする前にヴィクトルはその指を口元に持って行き、“静かに”のジェスチャーをする。

「娘が起きてしまう。外へ出よう」

そして、有無を言わさず一行を外へ促した。


セレナはよろよろと椅子から立ち上がり、一番最後に外へ出た。
ミラがセレナに振り向き、心配そうにその顔を覗き込んだ。

「大丈夫か、セレナ?顔色が青いぞ。エルと一緒に休んでいるか?」

しかしセレナは頭を横に振る。

「ごめん……でも、絶対に見届けないといけないから……」
「……そうか」

セレナから強い決心を感じ、ミラはそれ以上何も言わなかった。


夕陽が沈みかけた湖畔にヴィクトルが立っている。
その後ろ姿、立ち方……影までもが“彼”そのもので、セレナは苦しくなる胸に手を当てた。

「良い景色だろう?」

全員が揃ったところで、背中を向けていたヴィクトルが向き直る。

「ここでは、源霊匣が完成したようですね」

ジュードがそれに答えた。

「ああ、8年前に君が完成させた。セレナの助力もあってね」

ヴィクトルがルドガーとセレナを順に見た。
それから再びジュードに視線を戻す。

「だが、君は私が殺した」

その言葉に全員が目を見開く。
ローエンが非難の声をあげた。

「何故そのようなことを!」
「ジュードだけではない。この世界の、あなたも殺した。
アルヴィンも、レイアも、エリーゼも、私が殺した」

ヴィクトルの独白は続く。

「ビズリーを殺す邪魔をされたんだ。ユリウスと一緒になって……ビズリーは、私からエルを奪おうとしたのに!
セレナを遠ざけただけでは飽き足らず、な」

その言葉に全員がセレナを見た。
セレナ自身はヴィクトルの言わんとするところを察し、悲しそうに顔を歪めていた。

「あなたは、この世界のセレナのことも知っていたんですか?」

ジュードがゆっくりとヴィクトルに視線を戻しながら問う。

「知っていたかだって?……ああ、良く知っていたさ」

ヴィクトルは先程と同じかそれ以上に、セレナのことを愛おしそうに見つめた。

「 私達は恋人だったんだからな」
「……なんだと?」

声をあげたのはミラだった。
セレナはヴィクトルの刺すようなエメラルドから逃げられない。

「だがビズリーの企てにより引き裂かれた。
そして私は違う女性と出会い、彼女を愛し、エルが生まれた」

ヴィクトルは一つ一つゆっくりと告げる。
まるで死刑宣告を受けるように、セレナはただその言葉を噛み締めていた。
一方でルドガーは、全身がピリピリと痺れるような錯覚に陥っていた。

「もう一度聞く。お前は何を企んでいる」

その空気を断つようにミラが声を張った。

「本物のエルとの、暖かな暮らし。それから、私の手にセレナを取り戻す……!」

そう言いながら、突然走り出すとヴィクトルは双剣を取り出しルドガーに突き立てた。

「だが、お前がいては、それができない!」
「……くっ!」

一瞬反応が遅れたルドガーだが、なんとかその一振りを交わしすぐに臨戦態勢を取った。

「まさか、ヴィクトルさんは……!」
「分史世界のルドガーか!?」

ジュードとミラが次々と叫ぶ。
セレナは呪縛が解けたように力無く、その場にへたり込んでしまった。

「そう!俺は未来のお前だ!」

ルドガーとヴィクトルの双剣がぶつかり合い、火花が散る。
当たり前だが、2人の太刀筋は同じだ。

「そして、これから本物のお前に成り代わる!」
「ぐああっ!」

太刀筋は同じだが、経験の差はある。
10年先を行く彼がルドガーを拘束し、地に押し付けた。

「パパ……みんな、何してるの?」

しかしそこへ、目を覚ましてしまったらしいエルがやって来てしまった。

「パパ……?」
「エル、戻っていなさい。パパ達は大事な話が……うっ!」

突如、ヴィクトルが顔を抑えて膝をついた。
それを見たエルがヴィクトルに駆け寄る。
しかしヴィクトルは反射的に、近付いて触れようとしたエルを突き飛ばしてしまったのだった。

尻餅を着くエル。
そしてヴィクトルの仮面が外れ、地に落ちる。

「その姿は!」
「やっぱり、時歪の因子……」

ローエンがヴィクトルの顔を見て叫ぶ。
そして、座ったままのセレナが呟いた。
エルは最愛の父親に突き飛ばされた衝撃と、その父親の姿に言葉を失っている。

「ふふ……こわいか?だが、カナンの地へ行けばこの姿も無かったことに出来る。
パパとエル、二人で幸せに暮らせるんだよ」

ヴィクトルの半面は、時歪の因子化によって黒く侵食されてしまっていたのだ。

「ほん……とに……?」

エルが力無く立ち上がり、ヴィクトルに歩み寄ろうとする。
しかしそれを制したのは、ヴィクトルからわずかに逃れたルドガーだった。

「来ちゃダメだエル!」
「貴様が命令するな!!!」
「ぐっ……!」

しかしヴィクトルは眉を釣り上げ、立ち上がろうとしたルドガーの腕を容赦無く踏みつけた。



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長いのでここで分けます。



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