いじめたくなるんだよね。
「咲」
『ひゃぅあぁ!?』
放課後、
タイムを計る私の背筋を、誰かがツツとなぞった。突然のことに、変な声をつい洩らしてしまった自分が恥ずかしい。慌てて振り返れば、犯人ともいえるその人は驚いたようにこちらを見ていた。
しかし、そのキョトン顔も一変。
「何でそんなに感じやすいんだよ、イヤらしいな。」
『んなっ…何言ってるんですか、臼井先輩!』
「それより、ほらこれ。間違えてたぞ。」
『え、どこですか?』
「ここだ、合計金額を間違えてる。小学生でも足し算引き算はできるぞ。」
『やだなぁ、電卓が間違えたんですよ。』
「そうか、幼稚園児でも電卓ぐらいうてそうなものなのに…咲はそれすらできないのか。」
『ぅぐっ…』
私の顔の目の前でヒラヒラと揺れるその紙は、聖蹟サッカー部の活動費が書かれている。毎月マネージャーが計算して、それを副キャプテンである臼井先輩がチェックし、最終的には1番頼りない中澤監督のもとへ行くのだ。
つまりは、臼井先輩が私に計算ミスを指摘しているのが現状だ。
「気を付けろよ、まったく…」
『すみません…以後気を付けます。』
「今度間違えたら…どうなるか分かってるよね?」
『逃げます!!』
「逃げるな」
『ぐえっ!?』
おかしいな…元気よく、キリッと返事をした筈なのに、どうして私は今ヘッドロックされてるんだろう。手加減してくれてるんだろうけど、ギリギリと絞まる首が結構苦しい…
でも何だろう…
距離が近い分、いい香りがしてくるぞ。クソぅ!
『このっ…爽やか青年め!!』
「何オバサン臭いことをまた言ってるんだ。ん?」
『ギブギブギブ! ギブですぅっ!』
バシバシと臼井先輩の腕を叩きながら言えば、ようやく解放された。弱そうな身体してるくせに意外と力があるのは、やはり、柔道やサッカーしているからだろう。
『あー…今ので熱くなったぁ…』
「脱がせてあげようか?」
『…セクハラですか?』
「何だ、つまらない反応だな。もう少し照れるかと思ったのに。」
まるで心外だと言わんばかりな表情を浮かべながら、紡がれたその言葉。
…私のポーカーフェイススキルなめるなよ。内心どれだけ焦ったと思ってやがる。教えてあげないけどね!
そんなこんなで世間話をしている時、
…それは起きた。
「悪い! 外した!!」
「チッ…、おいっっ! 危ねぇ!!」
「避けろお前ら!!」
練習試合をやっている部員が、急に大声をあげはじめる。どうしたのだろうと振り返れば、こっちにサッカーボールが飛んできていることに気がついた。
速い、それに、間に合わない…
スピードがあるし、当たったらかなり痛いだろう。直撃したら鼻血は避けられないのは間違いない、つーか死ぬんじゃなかろうか。
やってくる顔面サーブに備えて、目をぎゅっと閉じた。
だがー
「咲!!」
『ぅわあっ!?』
グイッと身体が引っ張られて…重力に従い、そのまま地へと倒れた。それにしては、地面と接触した痛みがあまりない。
「痛たた…咲は? 大丈夫か?」
『あ、はい…大丈夫、で…す…』
…なんてこった。
あまり痛くない? そんなの当たり前だ。臼井先輩が庇って、下にいるのだから。
てゆうか…この状況って所謂…!!
「…咲は意外と積極的なタイプか。」
『ち、違いますっ! てか、すみません!
重いですよね、直ぐに退きま…、えっ!?』
「面白そうだし、もう少しこのままの状態でいる?」
『…はいっ!?』
立とうとするも、下にいる臼井先輩によってそれは叶わなかった。不可抗力に過ぎないけれど、私が臼井先輩を組敷いてるには変わりないから恥ずかしい。
それに、臼井先輩のこの顔…!!
『止めてください、そのドSな微笑み!
心臓に悪い!!』
「へぇ…?
助けてあげたのに、そんなこと言うんだ。」
『なっ…それとこれはっ!』
「おーい! 臼井ー!! 咲ー!!」
「大丈夫ですかー!?」
「悪い、コントロールできなかった。」
『っ!』
ぞろぞろとやってきた灰原先輩らの声により、取り戻される私の理性。
…ヤバいぞ、これは猛烈にヤバい。
「オレも咲も大丈夫だー!
…さてと、オレ達もお遊びはここら辺…」
『た、助けてくれてありがとうございました!
失礼しますっっ!!』
「え、あ、おい!? 咲!?」
身体を起こそうとした臼井先輩に一方的に挨拶を済ませ、返事も聞かずにその場を立ち去った。
怪しまれたかもしれないし、無礼だったかもしれない。
…でも、
『(ただでさえ今恥ずかしさMAXだったのに…これで灰原先輩達にまでからかわれたら死ぬ!!)』
私が臼井先輩を組敷いている姿を、見られるわけにはいかなかったのだ。
ちなみにこの後…
私は臼井先輩を2日ほど直視できなかったのだった。
(「ん、咲のやつどうしたんだ?」)
(「…ちょっと苛めすぎたかもな。」)
(「へ? 苛め…? つぅか臼井お前…ちょっと顔赤くね? まさか熱あるんじゃ…!?」)
(「救急車呼ぶか」)
(「呼ぶな水樹。灰原も落ち着け、直ぐにおさまるから。」)
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