この手に掴んだ幸せを(ぬら孫) | ナノ

▽ 守ろうと決めた日

今日はみんないつになくソワソワしている。


「あぁああああぁぁぁ…若菜様は大丈夫でしょうか」

「まだ1時間しか経っていないのか…もう3時間位は経った気がする」

「無事に産まれますように無事に産まれますように…!」


その中でも一番せわしないのがお父さんだ。
さっきからずーっとだんまりしている。大人しく黙ってるならOKなんだが、この部屋を難しい顔して何も喋らずウロウロしてるんだよ。
はっきり言って…


『あまりに落ち着きがない。目障り。座りなさい。』

「お…おう。悪い。」

『悪い、じゃないよ。これで何回目よこのやりとり。アンタがそうやって不安そうに落ち着きなくしてるから、周りにもそれがうつるのよ。』


やべえ、親に向かってアンタって言っちゃったよ。前世の両親だったらビンタ級だよ。


『大体これが初めてじゃないんでしょう?お母さんを信じてドンと構えとけよ。アンタ、旦那で二代目でしょーが。』


私は末っ子でお産に立ち会ったことないから、実をいうとさっきからドキドキしてる。お母さんの悲鳴みたいな声を聴く度に少し不安にもなる。でもお父さんのこの頼りなさを見ると逆にこっちが冷静になるわ。まあ、原作でリクオがちゃんと無事に産まれるのを知ってるおかげで、冷静になれるのもあるんだけどね。

…てか、あれ?なんか皆さん目を点にしてこっちをガン見してくるんですけど。駄目じゃない、そんなに目をかっ開いてると眼球落ちちゃうぞ!


「おめえ…」


さすがお父さん!
お父さんが一番に復活したね!


「本当に二歳児かよ…」


…さすがお父さん!
嫌なところを突っ込んでくるね!


『…アタリマエダノクラッカー。』


油断した!
お父さんのあまりのダメ親父っぷりについ油断してしまった!そうだよ二歳児こんなこと言わないよね、知らんけど!そもそも普通の二歳児の思考回路なんか全然知らないけど!


「ククク…おめーより鯉菜の方が断然大人じゃのう? 情けないわい。シャキッとせんか!」


救世主キタ―――!
何かこれデジャヴな気がする!やっぱおじいちゃんは私の救世主だよ!でもククク…って、若い頃の姿でやって欲しかったなーその姿じゃ全然ときめかないよ!


「…親父はともかく、鯉菜の言う通りだ。二児の父親になるんだからきちんとしねーとな。ありがとう、鯉菜。」


はい、イケメンのお色気流し目はいりましたー!何でそんなにカッコいいんだちくしょう!お母さんがちょっと羨ましいぜ!それにしても立ち直り早いな鯉さん!立ち直ってくれたのは良いけど、頭なでなでしすぎだから!髪の毛ボサボサになってるから!


『ちょっ、お父さんのせいで髪の毛がボサボサに…』

んぎゃあ、おぎゃあああ、おぎゃあああ

「「「『!』」」」」


…産まれた?
産まれたんだよね?
え、それなのに何この静けさ…。ここは大声で喜ぶんじゃないの!? 何故みんな固まっている!
あ、誰か来る…。


「失礼します! 元気な男の子が産まれましたよ!
若菜様もご無事です!」

「やったー! ついに産まれたぞ!」

「これからの成長が楽しみですなあ!」

「早くお顔を見たいですなあ!」

「祝い酒だーーーーー!!」


いや、お前はただ酒呑みたいだけだろ。
じゃなくて…!


『お父さん! 良かった…ね? あれ?』

「あいつならもう行ったぞ、鯉菜。」


喜びを共有しようとすれば父居らず。
鯉菜ちゃん、ちょっと寂しいです。仕方ないから残されたもの同士のおじいちゃんと行こう。


『…二人目の孫に会いに行きますか!
おじいちゃん』

「ああ!
お前さんの弟にあいさつしに行くかのう!」


そんなわけで、おじいちゃんと手を繋いで移動。
部屋についたらお母さんがリクオを抱っこしていた。ちなみにお父さんはお母さんを支えてる。


「あら、鯉菜、お義父さん」

「よく頑張ってくれたのう若菜さん、ありがとう。」

『お母さん、お疲れ様!』

「ふふ、ありがとう鯉菜!
あ、お義父さんもリクオを抱いてあげてください」

「リクオって言うのかい。鯉伴にしてはカッコいい良い名をつけたもんじゃのう!」


ハキハキと話してるお母さんの顔は確かに疲労感があるけれど、でも元気そうに笑ってる。
…それにしてもおじいちゃん、抱き慣れてるな。
まあ当たり前か…赤ちゃん抱きなれてるよね。


「俺にしてはってなんだよ。」

『リクオの名前はお父さんが決めたんだね!
私の時はどっちが決めたの?』

「鯉菜の名前は私が決めたのよ!
かわいいでしょ!」

『うん! 私、自分の名前好きだよ!』

「親父、独り占めしてないで鯉菜にも次抱かせてやれよ。」

「おーおー、すまんかった。つい可愛くて忘れとったわい!ほれ、鯉菜。抱っこしてやんな」

『え、え、え、分かんない抱き方分かんない』

「おいおい、さっき俺を叱った時の威勢の良さはどこに行ったんだい?」

「あら、あなた怒られたの?」


ちょいちょいちょい、その話は良いだろこの馬鹿親父! お父さんはさっきの出来事を面白おかしく報告してるけど…マジでやめて欲しい。恥ずかしいから言わないで、お母さんも聞かないで。

てか大丈夫なのかな、この抱き方で…
本当に大丈夫?
私の腕で眠ってるリクオは、とても温かくて柔らかくて尊くて…
でもー

壊れそうでこわい。

…あれ、何でだろう…泣きそう…?




「――――鯉菜?」

『……っ』



どうしよう、まるでコップから水が溢れだすように、色んな感情が湧き上がる。抑えようにもブレーキが効かなくて、涙が零れそうだ。


『…ちょ、ちょっとトイレ行ってくる!
はい! リクオ、落とさないようにね!』


泣きそうなのがバレたくなかったから慌てておじいちゃんにリクオを渡した。バレないように下を向いていたけど、察しがいい面子ぞろいだから気付かれたかもしれない。でもどうしても抑えられそうにない。


『…っぅ』


その後は、下僕たちに見つからないように急いで自分の部屋まで走った。確かに赤ちゃんを抱っこしたのは初めてだけど…外で赤ちゃんを見て泣きそうになったことなんて今まで一度もない。何でこんなに胸が締め付けられるんだろう。
ただただ、今は苦しくて切ない。


『(…いや、本当は分かってる。)』


産まれたばかりの赤ちゃんを抱いて、多分、命の尊さと自分の醜さを感じたんだ。さっきから、前世の自分を思い出してならない。

母が一生懸命お腹を痛めて産んでくれたのに、死にたいと強く願っていた〈自分〉。
両親を…ひどく悩ませ苦しめた〈自分〉。
そして親より先に死ぬという、最大の親不孝をした〈自分〉。



『ふ…うっ…』



こんな〈自分〉が大嫌いだった。
でも〈自分〉を嫌うことは、〈私〉を育ててくれた両親への否定になる気がして、罪悪感が生まれた。そしてその罪悪感で〈自分〉を憎む。この悪循環にいつの頃からか抜け出せずにいた。



『…ひっく…ぅう…』



この世界のこの家族の元に産まれて私は今とても幸せだ。でも、前世では〈私〉は産まれるべきじゃなかったのではないか。〈私〉がいなければ、家族皆があんな苦しい思いをすることはなかったのに…
〈私〉はいない方が良かったんじゃ…?
〈私〉は…家族を苦しませるために生まれた、悪魔なんじゃ…
こんなこと考えたって仕方がないのに、考えられずにはいられなかった。



「――どうしたんだ? 鯉菜」

『!』



突如、抱きしめられた。
泣いていたせいか、お父さんが来たのに全く気が付かなかった。いや、もしかすると気配を消していたのかもしれない。ぬらりひょんの特技で。



「…何で泣いてるのか、俺に話してくれねーかい。」



お父さんは優しい。
話してほしいけど無理には話さなくていい、っていう気持ちが伝わってくる。それに、私が泣き顔を見られるのが嫌だと知っているからか、私の顔を見ないように抱きしめてくれている。(いや、もしかしたらこれは私の考えすぎかもしれない。)

何にせよ、こんな理由…話せるわけがない。
私は今の幸せを壊したくない。



『…分からっ、ない。』



鯉伴さんや若菜さんは、私に例え前世の記憶があると知っても私を拒絶しないだろう。でも、傷つきはするかもしれない。私は優しい彼らを傷つけたくない。



『赤ちゃ…リクオを、抱っこしたら、うっく、急に、涙が止まらなくなった…!』



いや、「傷つけたくない」とは言いつつも本当は「拒絶されたら嫌だ」って思っているから話せないんだ。それに前世の醜い〈私〉を知られたくない…!



『急に、びっくりしたよね、っく、…ごめんね!
もう大丈夫だから!』



…結局は我が身可愛さでの行動だ。



「……。」

『………。』

「……………。」

『…………………。』



―あれ?
何この沈黙。怒ってんの? 呆れてんの?
いかんせん、顔をあげられないからお父さんがどんな表情してるのか全く分からない。こわい。
全く反応を見せないお父さんに冷や汗をかいていると、タイミングがいいのか悪いのか、遠くから泣き声が聞こえてきた。
…て、あれ? この声…。



「…なあ、鯉菜、お前は…」

『リクオ?』

「―は? リクオ? …あ。」



何故だ。リクオが大声で泣いている。
いや、そこまではおかしくないんだ。赤ちゃんは泣くのが仕事だからね! ただ、その泣き声が段々近づいてきてるんだ。



「コンコン! 入るわよ、鯉菜ちゃん!」



お母さん可愛いな。障子でノックできないから、コンコンって口で言ってるよ。しかもOKする前に入ってきたよ。
それにどうしたリクオぉ、滅茶苦茶泣いてるじゃないか!てかお母さん産後だから安静にしてないとダメなんじゃね!? ちょ、銀○の新八君きてくんないかなー! 私1人じゃこの量のツッコミさばけません! 無念!



「おいおい、大丈夫かよ…安静にしてないと危ないんじゃねーのかい?」



お父さんが真面目なツッコミをした!



「だって〜、リクオがさっきから泣き止まなくて…あなたか鯉菜ちゃんなら何とかできるかなーって! ふふ!」
「元気な男の子になりそうだねぇ、こりゃあ…。」



わー、お父さんがリクオを抱っこしたら気のせいか? もっと強く泣きだしたくない?
リクオ、やめてあげて! お父さん可哀想!
何か顔引き攣ってる! このままじゃハートブロークンだよ!! お父さん頑張って! 嫌な汗出てるけど負けないで!



「……鯉菜、パス! お前ならできる!
姉ちゃんになるんだから!」



お父さあああああああああん!!?
さっき私が泣いた理由忘れた!?
一応リクオ抱っこしたのがきっかけなんだけど!?
て、うわああああ、どうしよう、ガチ泣きしてんじゃん!!!



『って…あり?』

「おっ」

「あら〜、凄いじゃない! 鯉菜ちゃん」

『…泣き止んだ。』



さっきまで泣いていたのが嘘みたいにピタッと止まったぞ。今度はどおしたリクオ。お前忙しいな。



「ふふ!
お姉ちゃんのところが一番安心するのかもね!」

「これからリクオを守ってやんないとな…姉として!」

『…うん。』



私も今度は泣かなかった。むしろ、リクオを抱っこしたら心が落ち着いた。さっきまでの洪水が嘘のように。まるで、コップから溢れ零れる水を止めるため、リクオが蛇口を閉めに来たみたいだ。



『私、守るよ。』



リクオも。お父さんも、お母さんも、おじいちゃんも。他の妖怪たちも大事だけど、私は今のこの家族を最優先に守る。自分の幸せを守るためだけじゃない、私に幸せをくれた皆に恩返しをするために。
そのためなら、何だってする。
原作なんかぶち壊してやる。




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