「信女さん、お待たせしました」

「異三郎……遅い」

「…貴女の好きなドーナツも買ってきましたよ。どうか機嫌を直して下さい」




見廻組局長と副長。


……上記の会話だけでも、仲睦まじい様子が窺えるというのに…
実際は上司が部下にドーナツを食べさせてあげちゃったりなんかして、もーーーっと仲良しだ。


(異三郎さんの恋人は私なのに……)


異三郎に会いに来ていたなまえは、二人のやり取りを偶然見掛けムスッと口を尖らせた。

信女のことは嫌いではない……むしろ好き、いや大好きだ。
しかし…見廻組隊士としてとはいえ、四六時中自分の恋人と一緒に過ごしていることは、羨ましくもありほんのちょっぴり厭わしくもある。



(そりゃあ、一般人の私は事件解決の為に一緒に飛び回ることも無いし…戦う力も無いから二人みたいにお互いの背中を守り合うことだって出来ない……)



……でも、それにしてもだ。



「信女さん……貴女、また私の手まで食べていますよ」

「……んぐ…?」



「……っ………そんなに見せ付けなくても良いじゃないですかぁぁ!うわぁぁん!!」



異三郎の手ごとドーナツを頬張る信女に、なまえはとうとう我慢出来ず走り去っていく。

突然の叫び声に、当の二人は珍しくビクリと肩を揺らし、小さくなっていく後ろ姿を見たのち顔を見合わせた。




「「………なまえ(さん)?」」







――――――
―――









走って、走って、他の隊士達が呼び止めるのも気にせず、とにかく走った。


……それでも結局なまえが行き着く先は
愛しい愛しい、彼の私室。



部屋に入り、いつも彼と二人で座る大きめのソファーにひとり腰を下ろす。
ぼんやりと外の景色を眺めていると、先程の二人の映像が頭に浮かび視界がじわりと滲んだ。


泣くもんかと膝を抱えて顔を埋めるが、溢れ出した涙は重力に逆らうことなくこぼれ落ち、なまえの膝を濡らしていった。




「ふっ…うぅ……異三郎さんなんて……異三郎さんなんて……っ」

「私が……何ですか…?」

「っ…!?」



焦がれていた愛しい彼の声と共に、ギシリと音を立ててソファーが沈む。


――異三郎さん、来ちゃった。
いやいや…彼の私室なんだから来て当たり前なんだけど……なにも泣いてる時に来ることないのに!


なまえは泣き顔を見られまいと、埋めていた顔を膝に擦り付けるように更に深く埋めた。



「なまえさん……どうして泣いているんです…」

「……泣いてなっ…い…です…」

「泣いてるじゃないですか。急にどうしたんです………貴女が泣いていると……」



――心配で仕事も手につかない。



そう言って優しく頭を撫でてくる異三郎に、堪らず声を張り上げた。



「い…異三郎さんがっ……わ…悪、い…です…っ!信女ちゃん…ばっかり…可愛、がって…!!」

「…信女さんが…何ですって?」

「わ、私だって……私だって……毎日一緒に過ご、して……ドーナツ…食べさ、せてもらったり…したい、です…!!」

「ドーナツ?あれは彼女が……」

「信女ちゃん…大好きだ、けどっ……異三郎さん、は…もっと……大好き、だか、ら……っ」

「………」

「私だけ……好き、で…いて……欲しっ……い………………異三郎、さん…?」



急に黙り込んだ恋人を不審に思い、隣にいるであろう件の彼に視線をやれば…


そこにいたのはいつもの冷静沈着な彼ではなく、


口元を手で覆い隠し不自然に視線を泳がす……真っ赤な顔の彼だった。



「異三郎…さん?あの……もしかして、照れてますか…?」

「……貴女からの熱烈な告白を聞いて、照れないわけがないでしょう……それに、まさかなまえさんが信女さんに嫉妬するなんて……信じられません」

「そりゃあ嫉妬だってしますよ!……いっつも……さっきもドーナツ食べさせてあげてて…やっぱり二人は仲良しだなって…思ったら…」

「あれは“食べさせてあげた”のではなく、“食らい付かれた”のです」



見なさいこれを…と目の前に差し出されたのは、くっきりと歯形が残る異三郎の手。
…物凄く痛そうなソレに、思わず眉間に皺が寄ってしまった。



「うわぁ…痛そう………でも、それなら箱ごと渡せば良いんじゃないですか…?…わざわざ手であげなくても…」

「箱ごと渡してしまったら、貴女の分まで食べられてしまいますからね。それを阻止する為なら痛みも我慢出来ます」



なまえを抱き寄せると自身の膝の上に向き合う形で座らせ、どこか嬉しそうに表情を緩める異三郎。
そんな彼に、今度はなまえが顔を赤くする。



「………ヤキモチを妬かれるのも良いものですね」

「む……妬く側はすっごく辛いんですよ……ていうか、恥ずかしいから離してください」

「そうですよね、すみません……あ、離すのは却下します。可愛いので」



先程よりも強く腰を抱かれ、なまえの顔は益々赤く染まっていく。

それを見て気分を良くした異三郎は、意地悪そうな顔でニヤリと笑うと、なまえの頬を捕らえてぐいっと引き寄せる。



「…ドーナツ、ご希望とあれば食べさせて差し上げましょうか?」

「え…?…あの……えっと…」

「……………口移しで」

「…!?…っ…い、いりません…!!」



「おや、そうですか……それは残念です」








くつくつと愉快そうに笑うこの意地悪で甘い甘い恋人に、
どうやらヤキモチは不要らしい。


だってこんなにも愛してくれているから。




「もう!異三郎さんなんか………大好きです!!」





なまえは仕返しの意も込め
彼の頬に唇を寄せるフリをして、かぷりと小さく歯を立てた。












(なまえ、さっきはごめん…)
(信女ちゃん!良いの私が勝手に…)
(なまえも大好きだもんね……ドーナツ)
(……え?)
(これからは、なまえの分まで食べちゃわないように気をつけるから)

(………信女ちゃん!大好き!!)
(…?私もなまえのこと大好き…)



((困りましたねぇ……今度は私が信女さんに嫉妬してしまいそうです……))




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