真選組、鬼の副長こと土方十四郎。

攘夷活動が盛んになり、目まぐるしい程に仕事が舞い込んでくるようになった最近…
彼には、それはそれは優秀な補佐が付いた。


その補佐の名前はみょうじなまえ。
真選組唯一の女隊士であり、土方も認める剣の使い手である。






「副長、昨日の書類が完成しました」


庭先で煙草を吹かしている土方に書類を差し出すのは、先の話題の人物…なまえだ。
彼女は、どんな仕事も素早くこなす為、土方からの信頼も厚かった。


「おぉ、悪ぃな。…しっかし、お前は本当に仕事が早いな。総悟もちったぁ見習ってくれりゃあ良いんだが…」

「あはは………あれ?副長、袖の所ほつれてますよ。良ければ直しておきましょうか?」



なまえが指差す箇所に視線をやり、あぁ本当だと気怠そうに上着を脱ぐ土方。

そのまま受け取ろうとなまえは手を伸ばしたが、そこに上着が乗せられることは無かった。



「…?副ちょ………わぁ!?」



布がはためく音と同時に、日の光が遮られ目の前が真っ暗になる。
どうやら、脱いだ上着を土方が頭から被せたらしい。


「よろしく頼むわ…じゃあな」


上着越しになまえの頭を撫でると、ゆっくりと去っていく土方。
なまえは突然のことに体を固まらせ、頬を赤く染めた。



…そう。なまえが真選組で副長補佐まで伸し上がってきたのは…憧れの土方の傍にいる為。



彼女は土方に恋をしているのだ。



ずり落ちてきた上着を強く抱きしめると、ふわりと香る彼の香り。

嗚呼、想いが溢れて止まらない。



「土方さん………お慕いしております…」



堪らず零れた愛の言の葉は、誰に聞かれることも無く消えていく……


筈だった。









「忍ぶ恋、ですか」


予期せぬ声になまえは弾かれるようにして振り向き、息をのむ。
視線の先には…自分達とは真逆の真っ白な隊服に身を包んだ、男が一人。


「…佐々木、異三郎…………」



――とんでもない奴に聞かれてしまった……。



「どうして此処に……」

「お宅の局長殿に呼ばれたのですよ。今はもう帰るところです……そんなことより」



立ち尽くすなまえを見据え、佐々木は少しずつその距離を縮めていく。



「真選組副長補佐という立場の貴女が…まさか、彼の副長殿へ恋心を抱いているとは…」



じりじりと近付く佐々木に、思わず後ずさる。



「補佐まで上り詰めたのも、愛する人を想うが故という訳ですか……なんとも浅ましいことですね」

「ちがっ…!!」

「違わないでしょう。貴女のその血の滲むような努力は、真選組の為でも江戸の平和の為でもなく、全て色恋沙汰の為だった……こんなこと土方さんに知れたら、どうなってしまうのでしょうね」

「…!?…や、めて…………」

「仮にも貴女は女性ですから、切腹を強いられることは無いでしょうが…階級の取り消し…はたまた真選組からの追放か……
どの道、彼に軽蔑されることは確実ですね」

「っ…お願い、誰にも言わないで……!」



嫌われるのだけは嫌だと目の前の男に縋り付けば、無表情だった彼の顔に微かに笑みが浮かぶ。



「良いでしょう、告げ口はせずにいます……ただし、条件があります」

「条件…?」



なまえの両頬を片手で捕らえると、こちらに顔を向けさせる。
戸惑いがちに視線を寄越すなまえに、そのまま吐息がかかるほど顔を近付ければ、小さな肩がビクリと震えた。



「見廻組に来なさい、みょうじなまえ」

「なっ…何を言って…!?」

「私の言葉が理解出来ませんか?…想いを伝えることも出来ない、報われぬ恋など捨ててしまいなさいと言っているんです」

「やっ…嫌だ…!何でアンタなんかにそんなこと言われなきゃ………っ…!?」



身を捩って逃げ出そうとするなまえを壁へ押し付けると、そのまま強引に口づける。

予想外の出来事に抵抗することすら忘れてしまったなまえ……彼女がすっかりおとなしくなったのを良いことに、佐々木は角度を変えては何度もその唇に吸い付いた。




「……っはぁ………やめ……んっ…」

「…っ………そんなこととは心外ですね、みょうじなまえ…」

「……何で……何でこんな……っ」



唇が離れ、二人の間を吹き抜けた冷たい風に、心も体も温度が下がっていくのを感じたなまえはとうとう涙を零してしまう。



「くっ……そんなに私が憎いなら……いっそ斬ってくれた方がマシだ……殺された方が……!」

「………何か勘違いしていませんか」



こんな嫌がらせをしておいて何を言い出すんだとなまえは睨みつけるが…彼のその表情を見て、開きかけた口を思わず閉じた。





何で、どうして、
アンタまで泣きそうなんだ。


どうして。





「…私とて、忍ぶ恋の辛さを知っているのですよ………なまえさん。

……土方さんを見つめる貴女に、ずっと焦がれてきたのですから」



焦がれてきた?彼が…私に?
そんな馬鹿な。

浮かんでは消して、浮かんでは消して…
有り得るはずが無いと、佐々木の発言を頭では否定するが、彼の物悲しい表情にドクリと心臓が震えてしまう。



そんななまえの葛藤を知ってか知らずか、佐々木は彼女の頬を両手で包むと、先程よりもずっと優しく、丁寧に口づける。



「…愛しています、なまえさん……貴女の言葉も笑顔も優しさも…全て私のものにしたいのです。他の人間に渡すなど絶対に許せません…

報われぬ恋などやめて、どうかこちらに……私に堕ちてしまいなさい」





絡み合う視線に激しく鳴り出す心音は


失恋への警告か、


新たな感情への誘い水か、




どちらにせよ…この悪魔のような男から、
逃げることなど出来ないのだろう。
なまえは諦めたように、その男の腕の中で目を閉じた。








((……結局、見廻組にはならずに済んだけど……あの日から佐々木異三郎のことが頭から離れない…どうして…))


(…土方さん、なまえの奴また溜め息吐いてやすぜ)
(あぁ、佐々木の野郎が来た日からずっとな)
(……ありゃあ恋だねィ)
(よりによってあんな野郎を…どうかしてやがる)
(まぁ…邪魔して邪魔して邪魔して、それでもって言うなら、応援してやりましょーや)
(チッ……仕方ねーな…)








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