溢れんばかりの嫉妬心をひた隠し

仮初め紳士は 今日もどこ吹く風






「なまえさん、何をしているんですか?」

「あ、異三郎さん。隊士の方達のシャツをアイロン掛けしているんですよ」

「……随分と沢山ありますね。貴女一人で捌く量ではないでしょう」

「えぇ、そうなんです…。何故か皆さん、私に依頼してくることが多くて…」



何故でしょうねと困ったように笑うなまえに、異三郎はほんの少しばかりの苛立ちを覚える。



「…それは皆が貴女に下心を抱いているからです。無防備に笑顔を振り撒いて…周りを魅了し過ぎです。いい加減気付いたらどうです……私とて流石に嫉妬しますよ」


………と、言えたらどんなに楽か。


しかし、そんな醜い行動を起こすのは自身のプライドが許さないし、それによって彼女に幻滅されてしまっては困る……。


そもそも、異三郎となまえは恋人同士ではあるが、それを公にはしていない。

だからこそ隊士達はなまえにアプローチを仕掛けるのだが……彼女が自分の物だと公言したとして、もしそれを嫌がられてしまったらどうすれば良い。



…異三郎はこの自問に長い間悩まされ続け、結果として冷静で紳士的な“仮初めの自分”を作り上げることでその場を凌いできたのだ。



「貴女の働きぶりが皆に評判なんでしょう。……そうです、日頃頑張っている貴女に甘味でもご馳走しましょう。このあとお時間ありますか?」

「このあと、ですか……」

「……何か予定でも?」

「実は、銀さんとファミレスで会う約束をしていて……すみません…」




銀さん?


…坂田銀時と?


何故?いつから約束を?




「…そうですか、それは残念です。どうぞ楽しんで来てくださいね」

「…はい。ありがとうございます」




行かないで欲しい。私以外の男の元になんて。









行かないでください。










――――――――
――――




なまえと銀時が落ち合い、ファミレスへ入ったのを確認すると、異三郎も静かに後を追う。




(私としたことが……尾行などとエリートらしからぬ行為を……)



しかし、気になるのだ。
愛しい女が己の見えぬ所で、異性と二人きりで会うなんて…気にならないはずがない。

異三郎は二人が見える位置に座ると、メニュー越しに様子を窺った。






…それにしても、なまえは至極楽しそうだ。
自分といる時はあんなに笑っていただろうか。

そもそも、いつも隊士達から仕事を頼まれて忙しそうななまえと、自分はデートはおろか会話だってままならないというのに…。





嗚呼……



心臓が痛い。






眼下で繰り広げられる光景に、思わず目を逸らしてしまいたくなるのをぐっと堪えて二人を観察する。

すると、不意に銀時の手がなまえへと伸び、そのまま彼女の頭に触れる。
その行為に赤面する彼女を見た異三郎は、腹の底から湧き出る…どろりとした感情に支配される。

無意識に立ち上がると、二人の元へと足早に近付く。




「…なまえちゃんよぉ、心配のし過ぎは良くねぇって………いでででっ!?」

「坂田さん、彼女に気安く触れないでいただけますか」

「異三郎さん!?」



ギリギリとなまえに触れていた銀時の手を強く締め上げる異三郎。

突然の恋人の登場に狼狽えるなまえを気にも留めず、彼は銀時を冷たく見下ろしていた。



「っ……ほら見ろ、お前の彼氏は全っ然淡泊なんかじゃねーって言っただろ?それどころか、嫉妬に塗れた醜い獣なんだよ………って、いい加減離しやがれ!男に手ぇ繋がれても嬉しく無いんですけどぉぉ?!」



勢いよく振りほどかれた手を見つめ、固まる異三郎。


しまった。
考えるよりも先に、つい手が出てしまった。
これでは自分が嫉妬していたことが丸わかりではないか。

恐る恐るなまえの方に視線をずらしていく。

(幻滅……それとも、もっと最悪な…………ん…?)

ぐるぐると止まらなかったマイナス思考は、彼女を一目見ることで、いとも簡単に止まった。


なぜなら…視線の先のなまえが、まるで茹蛸のような真っ赤な顔だったからだ。



「なまえさん、失礼ですが…お顔が異常な程赤いのですが…」

「だっ…だって、異三郎さんが……ヤキモチなんて妬くから……」

「………どういうことです?」

「鈍い野郎だな……天下のエリート様が聞いて呆れるねぇ………なまえは不安だったんだよ。

どんな状況でも恋人同士であることを周りに伝えない、自分に関心があるのかもわからない……そんなアンタと、これからも一緒にいて良いのかってな。俺はその相談を受けてただけだよ……じゃあな」



手を挙げて去っていく銀時の言葉に、異三郎は衝撃を受ける。

…それなら始めから、嫉妬心剥き出しで接すれば良かったのか。
よかれと思って築いてきた、仮初めの自分は何だったのか。

思わず力が抜け、ふらりとなまえの隣に座り込む。



「…坂田さんのおっしゃる通りです。私は…嫉妬心に塗れた醜い、獣……いつも貴女が誰かに笑顔を振り撒く度、隊士達の頼み事を受ける度……素知らぬふりをしながらも心の中は醜い嫉妬心で溢れていました……


……こんな情けない私に、貴女は幻滅しないのですか…?」


「…そんな…情けなくなんか……幻滅だってするわけないじゃないですか!」


「それなら、遠慮はいりませんね……」


「え…?今何て…………っ!?」



異三郎の小さな呟きを聞き取ろうと、近付いてきたなまえの顔をぐいっと引き寄せ、唇を塞ぐ。
ファミレスにいた店員や客達が、二人の様子に次々と気付きどよめき始めるが……知ったものかと男は女を離さない。


……彼が唇を離した時にはファミレス中が静まり返っており、なまえの心臓は更に大きく響く。



「……貴女は私のものです」



もう遠慮はしないと不敵に笑う彼に、なまえは顔を赤くするしかなかった。










あれから……彼の宣言通り、遠慮という文字は皆無だった。

なまえが隊士に話し掛けられる度に、異三郎はその場で見せ付けるように彼女と唇を重ね、勝ち誇った顔で笑う。


…見せ付けられた隊士達は、泣く泣くなまえと距離を置くのであった。









(っ…異三郎さん……恥ずかし過ぎて死にそうなので、皆さんの前で口づけするのはやめて欲しいのですが……)
(無理です。今まで遠慮していた分、我慢が利かなくなってしまいましたからね)



((………反動ってこわい…!!))







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