本来、見廻組隊士である私が、上司である佐々木局長の隣に並ぶのは…隊服を身に纏い、刀を抜いている時のみ。

…しかし、どうしたことか……今の私は煌びやかなパーティードレスに身を包み、佐々木局長の腕に手を添えるようにして隣に並んでいる。



「……やっぱり場違いですよ、私」

「何をおっしゃるんですか、そんなことありません。ドレス、良くお似合いですよ……私の見立ては完璧でしたね」



局長の言葉を聞き、自身が着ている真っ白なドレスに視線を落とすが……どうしても自分に似合っているとは思えず、自然と溜め息が零れる。



―――此処は所謂パーティー会場。
佐々木家長男として…見廻組局長として出席することを強いられた局長は、こともあろうことか、パートナー役を私に言い渡してきたのだ。

ただの平隊士の私に…だ。



「ドレスなんて初めて着ましたよ……こんな規模の大きいパーティーに出席しなくちゃいけないなんて、エリートは大変ですね」

「貴女もエリートの一人じゃないですか。……私としては、こんなパーティー蹴っても良かったのですが…少し事情がありましてね」

(局長と違って、私は平凡生まれの平凡育ちなんだけどなぁ……)



局長の事情が何かは知らないが、出来ることならこういう場面には今井副長と来てほしい。

だって――――――――――





「ちょっと、異三郎様よ!名門佐々木家に相応しい、凛とした佇まいだわ……」

「本当ねぇ………それより、隣の女は誰かしら?あんな貧相な……」





会場にいる女性達からの鋭い眼差しがそこらかしこから私を射抜き、正直なところ即刻この場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

…きっと、此処にいるのが今井副長だったなら、彼女達の反応もまた違っただろう。


平凡な私だからこその明白な敵意。


こんなチクチクとした空気の中を平然と過ごし続けられるような図太い神経を、生憎私は持ち合わせていない。



「あの、やっぱり私かえ……「なまえさん、すみません。まだ挨拶が済んでいない方がいるので、しばらくこちらで待っていてくれませんか」……え、あ、はい…」

「……すぐに戻りますからね」



そう言って私の頭を一撫でした局長は、隊服を翻して人混みへと消えていった。

あ…ちょっと、一人になるのはまずい気が……



「そこの貴女、今お時間よろしくって?」



自分の予想通りに、敵意剥き出しの小綺麗な女から声を掛けられ…もう、本当にダッシュで逃げたくなった。


……私、生きて帰れるかな…?





――――
――






女に言われるがまま、人があまり来ることのないバルコニーへと歩みを進める。
はぁ……面倒なことになったもんだ。

いつの間に仲間を増やしたのか…数名の女性達に手すりを背にした状態でズラリと囲まれる。
彼女達の瞳は色恋沙汰に疎い私にでもわかる程、嫉妬心でギラギラと燃えていた。



「貴女…ご自分がどうして呼び出されたかおわかり?」

「………はぁ…」

「っ……すっ惚けてんじゃ無いわよ!何でアンタみたいな女が、異三郎様の隣を陣取ってんのよ!?」

「あの方の隣は、由緒ある家系の者じゃなきゃ相応しくないのよ!」

「勘違いも甚だしいわよっ……この、ブス!!」

「………っ…」



一気に捲し立てられたかと思えば、女の一人が持っていたのであろう赤ワインを思い切り頭から浴びせられる。

局長がくれたドレスに、ジワジワと赤色が滲む。
同時に瞳の奥から湧き出た涙で、視界まで滲んで揺れる。


………本当、最悪…。


俯く私を見た女性達が、心底楽しそうにくすくすと笑い出す。



「あらあら、泣きそうなの?ふふ、当然よね……頭からワインを浴びるように飲むなんて、見るからに貧相な貴女には贅沢過ぎて到底出来ないことですものね……おかわりならいくらでもありますのよ?」

「宜しければ、このゼリーも差し上げますわ」

「あら、でしたらこれも」



ゼリーやら何やらが次々と頭に降って来て、もう何もかもがぐちゃぐちゃだ。
……無理。本当に無理。局長には悪いけど、このまま帰らせてもらおう。



「………もう十分でしょ……私、帰りますから…」

「あらぁ、お帰りになられてしまいますの?……ま、当然ですわよねぇ」

「そんな姿では、異三郎様の顔に泥をぬってしまいますものねぇ」

「……でも、折角いらしたんだから、ワインをもう一杯だけ召し上がっておいきなさいな」



綺麗に微笑んだ女が、ワイングラスを持って近付いて来る。
あぁ…また貰ったドレスが汚れるのかと思えば、堪え切れずに涙が零れてしまった。


「ふふっ……いやだわ、本当に泣いてる」


女がまた一歩近付き、再び自分に降り注がれるであろう赤色を覚悟した……その時。




「ワインは貴女方のような女性の方が、断然お似合いだと思うのですが」




バルコニーに響く聞き慣れた低い声。
その声に私を取り囲んでいた女達がざわめいた。


「…………局、長……」



ワインボトルを持った局長が、こちらへゆっくりと歩いて来る。
その表情は、視界が滲んでいるせいでよくわからない。



「異三郎様!そ、そうですわよねぇ…こんな貧相な女に、ワインは勿体ないですわよね!!」



媚びを売るように局長へと引っ付く女を見て、また心が沈んでいく。
そっか…局長も、彼女達の味方なんだ……。

自分は一体何の為に来たのかと、下唇を噛んで涙が零れないよう俯いた……その刹那、
女の甲高い悲鳴が耳を貫き、思わず顔を上げ……そして息を呑んだ。





「おや、何か勘違いしていませんか?

ワインは肉の臭みをとるのに最適でしょう………貴女方のような、醜いメス豚を調理する時は特に…」



纏わり付いていた女の頭に向け、持っていたボトルを傾けてワインを注ぐ局長。
その表情は、今まで一度も見たことのない程冷たいものだった。

…やがてワインが無くなると空き瓶をその辺へ投げ捨て、やめてと泣きながら哀願する女性の両頬を片手で掴み……顔を近付けて微笑んだ。



「なまえさんへの数々の仕打ち……ワイン一本浴びたくらいで帳消しになると思ったら大間違いですよ。

……佐々木家の力を以ってすれば、貴女方の階級を転落させることなんて、造作も無いんですからね……?」

「ひっ……嫌っ…………ごめ…なさ……!それだけはっ……それだけはぁっ……!!」



ワインに涙に鼻水でぐちゃぐちゃになった女を見て局長はくつりと喉で笑うと、頬を掴んでいた手を離し、再び冷たく見下ろした。



「……さっさと消えなさい。……ワインのおかわりが欲しいのであれば、話は別ですが…」




一層低くなった局長の声に、女達は蜘蛛の子を散らすようにバルコニーから出ていく。
残された私は、情けない気持ちと申し訳ない気持ちが入り乱れ、どうして良いかわからず深く俯いた。



「あの……すみません……ドレス、折角局長がくれたのに……こんな…………!?」



吐き出した言葉が終わる前に、局長に思い切り抱きしめられて息が止まる。



「なまえさん……貴女は何も悪くありません。すみませんでした……私のせいで、こんなにも酷い目に遭わせてしまって……」

「……局長………」

「すみませんでした……」

「っ…………きょ、く…ちょ……!!」



ベタベタになった私の頭を優しく撫でる手に、まるで愛しむような柔らかい声色に……止まっていた涙が再び押し寄せる。

……今は少しだけ、この腕に甘えさせてもらおうと局長の背中へ腕を回せば……どういう訳か、私を抱きしめる力が強まった。



「っ………局長っ、ちょっと苦しいです…」

「可愛い貴女がいけないんです……お陰で離すことが出来なくなりました」

「えぇ!?それは困りますっ……局長までベタベタに汚れちゃいますよ!!」

「別に構いません……今貴女を離してしまうことの方が堪えられませんから」



そう言ってこめかみ辺りに唇を押し付けてきた局長は、固まる私を余所に腕を緩めてくつくつ笑う。






「どうやら、ワイン漬けの貴女に酔ってしまったようです……今から帰られるのでしたら、私もご一緒させていただけませんか?」




肩に自分の上着をそっと掛けてくれた後、目の前で跪いて私の手を取る局長。

……そんな彼を見て途端に煩く鳴り出した心臓に、酔ってしまったのは私の方かもしれないと涙混じりに微笑んだ。







「…………喜んで…」













(そうだ…局長がパーティーに出席しなきゃいけない事情って何だったんですか?)
(あぁ……実は今日のパーティー、私のお見合いも兼ねていたんです。パートナーを連れて来れば破談に出来ると言われたんですが……お陰でなまえさんに嫌な思いをさせてしまいましたね)
(それは局長が悪い訳では…!それにしても、パートナーのフリなら私でなくても良かったんじゃ……)
(…………どうせなら、想いを寄せている人が相手役の方が良いじゃないですか)

(…?今何て言いました?)
(……二度は言いません)






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