「ほら、テツ!さっさと行くぞー!!」
真っ黒な隊服に身を包み、両手に重たそうな買物袋を引っ提げてスタスタと歩くのは…真選組唯一の女隊士、みょうじなまえ。
「なまえさん…ま、待って下さい…っ!」
同じように買物袋を提げてなまえの後ろをモタモタと付いて歩いているのは、これまた同じく真っ黒な隊服に身を包んだベビーフェイスな男…佐々木鉄之助。
くじ引きで買い出し当番となった二人は、隊士達に頼まれた大量の荷物を抱え、屯所へと帰るところだ。
「あー…もう!遅いんだよお前は!!貸せっ」
「あぁっ…いけません、なまえさん!貴女は女性です!その重たい袋は自分が持つっス!!」
「お前がチンタラしてっからだろ!そんなペースじゃ日が暮れるわ!!」
ギャイギャイと言い争いながら荷物の取り合いをすれば、よろけた鉄之助が袋の中身をぶちまけてしまった。
―――うわっ、よりによって副長のマヨネーズじゃねぇか…!切腹だなこりゃあ……。
げんなりとした様子で散らばった物を拾い集めていると、目の前にマヨネーズが差し出される。
「あ、どうもすいません……」
「いえ、こちらこそうちの愚弟がご迷惑をお掛けしてしまい…どうもすみません」
「なっ……お、前……佐々木異三郎!?」
「………………兄貴……っ」
辿るように視線を上へとやり、絶句する。
まさかこんな所で敵対している人物に会ってしまうとは。
突然の兄の登場に、鉄之助も気まずそうに俯いてしまった。
「どうも、はじめまして。私のことを存じていただけているようで光栄です。
……見たところ貴女も真選組のようですが…もしやソレの教育係か何かですか?」
「…………ソレ……?」
彼の言葉にピクリと反応する。
「数ある苦労をお察ししますよ。何の取り柄も無ければ、荷物持ちすらまともに出来ず……一体何の為に存在しているのやら」
「………………」
「これ以上ご迷惑をお掛けするようであれば……斬るなり牢に入れるなり、好きに始末して下さって結構ですよ。
こちらとしては、その方が都合が良いですしね」
「…………ふざけんなよ……っ!」
「っ…………なまえさん!?」
散々な物言いの異三郎にカッと血が上り、考えるよりも先に彼の胸倉を掴んでしまう。
…この男は、鉄之助の努力も何も知らないというのに。妾の子供だからといえど目の敵にし過ぎではないか。
「………随分と短気な方ですね。その手を離していただけませんか」
「うるせぇ!さっきから聞いてりゃ腹立たしい!!ソレとか始末して良いとか……テツはてめぇの弟だろうが!!」
「なまえさん!自分のことは良いんですっ…もう行きましょう…!!」
「よくねぇ!!あんだけ言われて引けるかよ!!」
胸倉を掴んでいる手を思い切り引き、うんと顔を寄せて異三郎を睨みつける。
「いいか…今度テツを馬鹿にするようなことがあればただじゃおかねぇ。その真っ白な隊服を血染めにしてやるからな…!」
「おやおや、恐ろしいことを口にする娘さんですね………まるで茨のように刺々しい…」
「はっ……間違っちゃいねぇよ。真選組じゃあたしは“女バラガキ”で通ってるからな」
「ほぉ…………女バラガキですか……」
異三郎の興味深そうな視線を払いのけるように、彼の胸倉から手を離しその体を押しやる。
この男とは絶対に係わり合いたくなかったというのに…とんだ厄日だ。
なまえは、さも不愉快だと言わんばかりの仏頂面で残りのマヨネーズを拾い集めると、異三郎に背を向け歩き出す。
鉄之助も慌てて後を追った。
「……なまえさん、とおっしゃいましたね。土方さんにどうぞよろしくお伝え下さい」
「っ……やなこった!てめぇのことはてめぇでやれ!!」
最後まで喧嘩腰な彼女に、異三郎はひとり口角を上げぽつりと呟く。
「………………面白い……」
彼の怪しげな笑みに、なまえは気付くはずもなかった。
――――
――
「おい、なまえ。お前、この間佐々木の野郎と一悶着あったらしいな」
「げっ……なんで副長が知ってんだよ……」
「部下の粗相が上司の耳に入らねぇわけねぇだろ!!……ったく、誰彼構わず喧嘩吹っ掛けんなって言ってんだろーが」
「別に……好きで喧嘩売ったわけじゃねーよ…」
バツが悪そうに口を尖らすなまえに土方は思わず溜め息を漏らす。
「お前が理由も無く喧嘩売らねぇことは知ってるが、無鉄砲にも程があるだろーが。
……心配ばっか掛けさせるんじゃねぇよ」
「うっ……副長、ごめ……「そうですね。私は貴女の猪突猛進な所は嫌いではありませんが、もう少し賢い生き方も学んだ方が良いでしょう」
「「……………」」
突如現れた異三郎に会話をしていた二人はピシリと固まり、その様子を目の当たりにした全ての元凶の彼は不思議そうに首を傾げた。
「バラガキ二人が揃いも揃って固まるとは……この茨なら通るのも容易いでしょうね」
「「っ……てめぇどっから現れたァァァ!!」」
「何処からって……扉からに決まっているでしょう。…そんなことよりなまえさん、今からお時間ありますか?貴女とお話しがしたいのですが……」
「は!?何であたし?!
ねぇーよっ…てめぇに使う時間なんて一秒もねぇーよ!!」
土方の背後に回って吠えるなまえ。
そんな彼女を見た異三郎は、口元に手をやり考えるような素振りを見せた後再び口を開いた。
「貴女、甘味がお好きだそうですね。良ければ三丁目の高級茶屋へ甘味を食べに行きませんか?御代はもちろん私が支払います」
「なっ……三丁目の…高級茶屋……!?」
未だ食したことの無いあの高級茶屋の甘味を、しかも奢りとなれば是非行きたい…!
しかし……相手は敵対する人物……。
そう簡単に尻尾を振る訳にはいかないのだ。
「べ……別にいらねーし。副長に奢ってもらうからいーし…「誰が奢るか!俺を巻き込むんじゃねぇ!!」っ……ケチ!!」
「ほらほら、土方さんもこのように言っていることですし。早速今から向かいま…「あ……あぁぁー!あたし今から巡回だった!……そういうことなんで、じゃ!!」
言い終わる前に部屋を飛び出すなまえ。
甘味はかなり魅惑的だけれど、一緒に食べる相手だって重要だ。
……てか、何で甘味好きって知ってんの!?
浮かんだ疑問にぶるりと震えながら全力疾走で廊下を走り、急いで屯所の門前に。
呼吸を整え、街中へ走り出そうとした瞬間……何者かに背後から抱きすくめられた。
―――――嘘だろ!?
振り向かずともわかる。
自分のお腹に回された、この真っ白な隊服に包まれた腕の持ち主は…………
「なまえさん、巡回なら私もご一緒しましょう。共に江戸の治安を良くしていこうではありませんか」
「っ…佐々木…!!は…離せ!!」
「嫌です。離したら逃げてしまうでしょう?」
「当たり前だ!!…っつーか、何であたしに付き纏ってくんだよ…!!」
暴れてもびくともしない。
その上全力で走った筈なのに、息ひとつ乱れていないこの男に一層苛立ちが募る。
噛み付くように怒鳴れば、片手で顔を捕らえられ、そのまま上へと向けさせられた。
男と、視線が絡む。
「いえ、ね……私も生意気なバラガキなど眼中に無かったのですが…。どういう訳か、貴女に興味を持ってしまったようで」
「なっ……はぁァァァ!?」
「貴女を知りたくて仕方ないんです。
茶屋で甘味を美味しくいただきながら、私に貴女のことを教えてください。
……巡回はそれからでも間に合いましょう」
「っ………い………い………、
……嫌だァァァァァァァァァァ……!!」
なまえの叫びも虚しく、抱きすくめられたまま高級茶屋へと無理矢理連れていかれ………
その日を境に、江戸の街では二人の鬼ごっこが度々目撃されるようになった。
白と黒の攻防の終末は、一体いつになるのやら………。
(なまえさん、念願の甘味ですよ。あーん…)
(い、いらない!それよりこの手錠を取れ!)
(嫌です。ほら、あーん…)
(むぐっ………………っ…何これ…うま!!)
(美味しいですか、それは良かった)
(な、もっとくれよ!ほら、あーーーん!!)
((………可愛い所もあるじゃないですか…))