刀を振るえば、いとも簡単に人の皮は裂け……骨は砕ける。



見廻組という組織に隊士として身を置く以上、女の私でも戦闘は避けて通れぬ道なのは重々承知だ。



例え…体中に傷が残ろうとも……

仕方がないことなのだ。










「うわあァァァァァァァ……っ!!」




鼓膜を揺する断末魔。
それに少し遅れて伝わる肩の痛みに顔を歪めて振り返れば、いつもと変わらぬ無表情の信女がそこにいた。

彼女の握る刀の切っ先から血が滴り落ち、
足元に転がっている浪士を斬ったことを物語っている。



「っ……あ、危なかった……。
もうちょっとで腕が無くなる所だったよ……ありがとう、信女ちゃん」

「なまえ、油断したらダメ。斬るなら相手が動かなくなるまで斬らなくちゃ」

「……信女ちゃんだけは敵に回したくないや」



攘夷浪士達のアジトを突き止めた私は、斬り込み隊の一人としてアジトへと攻め込んでいる。


すなわち、此処は戦場。


この怪我だって想定内のことだ。

………思ったより傷が深かったのは想定外だけど。




「血が多い……なまえ、大丈夫?」

「全然問題無いよ。余裕余裕!!」



ニッと笑って見せれば、信女の表情がどこと無く安堵したようなものへと変わる。

さぁ…後どのくらい人を斬らなくてはいけないのだろうと辺りを見回せば、局長が隊士達を引き連れて現れた。



「エリート諸君、ご苦労様でした。
貴方達のお陰でこのアジトの浪士共を根絶やしにすることが出来ました。撤収です」


………やっと終わった…。

息を吐くのと同時に、先程斬られた肩がズクズクと痛みだす。


(うあ……確かに出血酷いかも……)


手で傷を押さえながら扉の方へと歩みを進めると、真っ白な何かが視界いっぱいに広がる……あ、これ隊服だ。

……そのまま見上げれば、顔面蒼白な局長と目が合った。



「局長?どうしまし…「なまえさん、その傷は何ですか…?」……へ?」

「その肩の傷は何だと聞いているんです」

「あっ……これは…その………」



しまった……エリートたる者、如何なる事においてもエリートらしくと普段から言われているというのに……。

この真っ白な隊服に血染めを作るなんて恥さらしもいいところじゃないか。



「すみません……油断していたせいで…みっともない所をお見せしてしまって……」

「そんなことはどうでも良いです…っ……まだ止血すら出来ていないじゃないですか…!」

「え、局ちょ……わぁ!?」



不意に目線が高くなる。それと同時に、自分の物とは異なる体温が節々から伝わり、思わず目を白黒させた。


これは……俗に言う“お姫様抱っこ”!?



「きょっ…局長!降ろしてください!!
私一人でも歩けますよっ!?」

「救護班…っ…いや、それでは手当ての順番が回ってくるのはいつになるか…」

「あの…局長……?」

「黙りなさい。今最善の手を考えているんです」

「すみません」



私を抱き抱え、足早に現場を後にする局長。
こんなに焦っている彼を、今まで見たことがあるだろうか……。



……………いや、無いな。



あればこんなにも好奇に溢れる眼差しを、
すれ違う隊士達から浴びさせられることは無い筈だ。



(こんな……恥ずかし過ぎる…!!)



恥ずかしさの余り両手で顔を覆い隠していると、何を勘違いしたのか局長が一層焦り出す。



「痛むんですか?泣く程痛むんですか!?
……わかりました。この際、背に腹は替えられませんね……私が手当てしましょう」

「えぇ!?いや、違いますっ…泣いてなんか……」



狼狽えるている間に局長の車へと到着したようで、そのまま後部席へと乗せられる。



「救護班から用具を分けてもらって来ます。その間に上は脱いでおいて下さい」

「ちょ、ちょっと、局ちょっ…………行っちゃった………。

脱いどけって…私一応女なんですけど…」



……それに、傷だらけのこの体を見られるのは些か抵抗がある。

しかし、局長からの指示を無視する訳にもいかないし……。


どうしようかと悩み込んでいる内に、後部席の扉が再び開かれる。
救護班から分けてもらったのであろう、救急用具を抱えた局長が乗り込んで来た。



「なまえさん、脱いでおくように言ったでしょう……それでは手当てが出来ませんよ」

「す、すみません……今脱ぎます…」



気乗りしないまま隊服に手を掛けると、ゆるゆると脱いでいく。
血はまだ止まっておらず、肩が動く度にじわりと染みが広がっていくのがわかる。


「……手当てを…お願いします……」


さらし布一枚だけとなった上半身。
胸元を隊服で隠したのは、捨てきれぬ女の恥じらいだ。

この傷だらけの体を、局長はどう思うのだろう……。
ちらりと様子を窺えば、先程よりも血の気を引かせた局長と目が合った。



「なまえさん……貴女、体中傷だらけじゃないですか…!どういうことですか!?」

「どういうことって…任務遂行中の傷がほとんどですけど……」

「今まで救護班の所に来たことなど一度も無かったじゃないですか……!」

「救護班にお世話になる程でも無いと思ったので……って、何で局長がそんなこと知ってるんですか…!!」



聞き捨てならない言葉に食いつけば、無言で手当てに移る局長。

この人…上司の癖にシカトする気だ…!!



「局長、黙ってないで何とか言ったら……いたたたたたたたっ!痛っ…痛いです局長…!!」

「痛くされたくなければ黙っていなさい」

「理不じ……っ……痛い!!」

「……信女さんが同行すれば大丈夫かと思っていましたが……考えが甘かったようですね。なまえさん、貴女はもう斬り込み隊卒業です。

次からは私と共に敵地へ乗り込むように」

「へ…?…局長と、ですか…?何で……」



上司の唐突な発言に首を傾げれば、
巻かれている最中だった包帯をキュッと引かれ、そのまま彼の胸へと倒れ込む。



「あっ…あの……局長……」

「……貴女はまだまだ弱い。傷を作ることも、この先沢山あるでしょうね…。
けれど、私は…貴女が傷付く所を見たくない……傍で護らせて欲しいのです…。

なまえさん…戦闘中私から離れないと約束していただけますか?」

「え……は、はい……」

「それと、絶対に無茶をしない」

「………………はい………」

「それから、私以外に触れさせない」

「…………………」

「……………返事」

「痛っ…!?……は…はいィィィ!!」









半ば強引に返事をさせられ、不満でいっぱいな筈なのに……どういう訳か傷口の血管よりも大きく脈打つこの心臓。



………何なのさ、一体。



返事をした後、耳元で聞こえた局長の安堵感溢れる溜め息を、何故か嬉しいと感じた自分。




……………まさか、この感情は…。




(いや……いやいや…そんな、まさかね)





目の前の男に振り回されてばかりなのはどこか癪で……

私はこの感情に対して
素知らぬふりを無理矢理決め込んだ。













(あの…局長。そろそろ離れて下さい)
(………嫌です)
(嫌ですって……ぅひゃあ!?ちょ、ちょっと…二の腕フニフニしないで下さ……ぎゃ!)
(……私に心配掛けた罰です。おとなしくフニフニされなさい)
(や、やめてェェェ…!!)






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