私は毎日毎日…うずうずして堪らなかった。
「なまえさん、行きますよ。今日のお昼はカレーうどんです」
エリート生まれのエリート育ちな佐々木局長…
彼のあの冷静沈着な表情を……一度で良いから崩してみたい…!
だってだって……、
好きな人の表情はいろいろ見たいものじゃない!?
だから、今日こそは――――
「あの、局長!今日は私の部屋で食べませんか?実は……ご相談がありまして……」
「ほぉ…貴女が私に相談事ですか。それはまた珍しい……。
……えぇ、構いませんよ」
(…………よしっ!!)
「……ありがとうございます!
直ぐ出前でカレーうどん頼んできます!!
…あ、局長は先に私の部屋へ行ってて下さーい!!」
満面の笑みで去っていくなまえに首を傾げた佐々木だったが、彼女の企みなど知るよしもなく……
気にせずそのまま彼女の私室へと向かった。
―――――
―――
見廻組内に設けてあるなまえの部屋は、彼女の希望により和室になっている。
なまえに想いを寄せている佐々木は、彼女に激甘なのだ。
(相変わらず古風というかなんというか…まぁ、彼女のそういう所も気に入っているんですがね…)
部屋の中心に置いてある机。
その対面する二辺に敷かれてある座布団のひとつに座り、佐々木はなまえを待っていた。
数分後、背にしていた襖が勢いよく開く。
「失礼します!
局長、すみません……今お店がすごく混雑してるみたいで、出前はちょっと時間が掛かるそうです…」
「あの店は人気ですからね。貴女からの相談事もありますし、気長に待ちましょう」
「あ、ありがとうございます!
……じゃあ早速………」
なまえは一度お辞儀をすると、空いている座布団をズリズリ引き摺り佐々木の隣へとぴったりくっつける。
てっきり向かいに座るものだとばかり思っていた佐々木は、彼女の行動に呆気に取られ動けずにいた。
しかし、何か理由があるのだろうと考え、崩れかけたポーカーフェイスを持ち直す。
「…………」
「…………」
隣り合わせの位置……向き合えばかなり近くで顔を合わせてしまうことになる。
佐々木はなんとなく気まずいような…気恥ずかしいような気持ちがあり、机を前にして肩を並べた状態で話を聞くことにした。
「……それで、相談とは」
「は、はい………あの…実は……」
「………!?」
話し出したかと思えば、どういう訳かこちらへしな垂れかかってくるなまえ。
自身の太股辺りにそっと添われた彼女の小さな手に言葉が詰まる。
…待て。ちょっと待て。
座布団をくっつけるのはまだ良い。まだ。
……寄り添うように体までくっつける理由を三十字以内で答えて欲しい。
「………なまえさん、少々体がくっつき過ぎではありませんか?」
「……え?そうですか?」
「…………」
チラリと目だけでなまえを見下ろせば、潤んだ彼女の瞳と視線がかち合う。
そんな熱を含んだような瞳で…それも上目遣いでこちらを見るのはやめてほしい。
……勘違いしてしまいそうになるから。
「……まぁ良いでしょう。それで?」
「は、はい……実は今度、上からのお達しで遊郭への潜入捜査を任されまして……
花魁に変装するのですが、男性がドキドキして思わず秘密をポロッと話してしまうような仕草とか振る舞いがわからないので、教えていただけないかなって……」
「……遊郭への潜入捜査?私の耳には届いていませんが……」
(そりゃそうです。大嘘ですもの)
「………本当は誰にも話しちゃいけなかったんですけど…どうしても局長にだけは知っていてもらいたくて……」
視線を逸らして、佐々木の肩先にゆっくりと頭を置く。
その彼女のしおらしい様の不意打ちに、佐々木の心臓はドクリと震えた。
彼女は純粋に相談をしてきていて、
不安な想いからこのような行動を取っているだけ――
己に言い聞かすように頭の中で繰り返すと、一度咳ばらいをして冷静さを保つ。
「私に聞くよりも、同性のご友人に聞いた方がよろしいのではないですか?」
「そんな……そんなこと言わずに教えて下さい」
「私に教えられることなんて……っ」
「ありますよ……」
なまえを諭そうと、彼女の方へと体を向けたのが間違いだった。
まるで押し倒さんと言わんばかりに彼女から上半身に体重をかけられ、思わず後ろ手に手をつく。
「私が局長を翻弄することが出来れば…満点はなまるじゃないですか?」
「なっ…!?何を言って……っ」
思い切り寄せられた顔に、堪らず赤面してしまう。
好いた女が突然妖艶な表情で迫って来ているのだ……仕方がないだろう!?
「ふふ……局長ってば耳まで真っ赤。可愛いー…」
「……大人をからかうもんじゃない…っ」
「だって本当に可愛いんですもん」
彼女がこちらに向き合う形で太股辺りに座る。
そのまま両腕を私の首に回したかと思えば、耳元に唇を寄せられかかった吐息に思わず肩が揺れた。
「……っ………」
「耳、弱いんですね……じゃあ首は…?」
「…っ……やめ……!」
軽いリップ音と共に温かく柔らかい物が首元を這えば、全身が震えた。
直ぐにでもやめさせたいが、彼女に触れてしまえば今度は自分が何を仕出かすかわからない。
思わず力が入った両手に、畳がザリッと音を立てた。
「なまえさん……これ以上は…もう…っ」
「ん……まだダメです…」
「………っ…」
体が熱い……
頭がクラクラする……
このまま……、
このまま彼女を掻き抱いてしまいたい…!
なけなしの理性を集めて葛藤を繰り広げていると、遠くの方で威勢の良い声が聞こえた。
……どうやら出前が届いたらしい。
その声はなまえにも聞こえていたようで、ゆっくりと体が離れる。
「出前…来ちゃいましたね。私、受け取ってきます」
「ちょっ……ちょっと待ちなさい!
貴女は一体どういうつもりで、こんな……
……それに、相談事など本当は…」
「え…?決まってるじゃないですか……
大好きな局長のいろんな表情が見たかったからですよ」
相談事もお察しの通り嘘っぱちですーとニッコリ笑うなまえに、佐々木はポカンと口を開けて呆けてしまう。
すかさずそれを携帯電話で撮影すれば、更に嬉しそうに笑みを深めるなまえ。
「可愛い局長をどうもご馳走様でした!
さ、次はお腹を満たす為に出前を受け取って来まーす!!」
軽い足取りで部屋を出ていくなまえに佐々木は長い長い溜め息を吐いた後、口元に笑みを浮かべた。
「全くあの子は……私をこれ以上夢中にさせてどうするつもりでしょうね……
…先程のお礼に、食後はたっぷり可愛がって差し上げますよ……なまえさん」
機嫌良く支払いを済ませているなまえは、
佐々木の甘い甘い食後のデザートになってしまう自身の運命を……知るよしもない。
(やー美味しかったですね!)
(えぇ、そうですね。……そうだ、食後といえばデザートですよね)
(え!あるんですか……っぅひゃあ!?な、何で、耳、かじるんですか…?!)
(可愛い反応ですね。では首はどうですかね)
(やっ…やめ………ま、まさか…!?)
(先程はどうもありがとうございました。私も愛する貴女のいろいろな表情を見たいんです………逃がしませんよ?)
((カレーうどん食べずに逃げるべきだった…!))