「異三郎さん…くっつき過ぎじゃないですか……?」

「そんなことありませんよ。恋人同士では普通の距離です」

「そ、そうなんだ…!」




異三郎に後ろから抱きしめられた状態でソファに腰掛けるのは、彼が溺愛するみょうじなまえ。
二人は最近付き合い始めたばかりである。


今まで好きな人すら出来たことが無いなまえは、恋人同士での“普通”など知るはずもなく……

それを良いことに異三郎は彼女にあること無いことを吹き込み、自分の思うがままに過ごしているのだ。



「み、皆さん…恋人の方とこんなに近い距離で……無事なんですか…?」

「…?どういう意味です?」



なまえの頭に頬を寄せると、更に強く抱きしめ直す。
…そんな異三郎になまえはビクリと体を震わせ、これ以上ない程頬を赤く染めた。



「私…恥ずかしくて……っ………心臓が爆発しちゃいそうで……!」

「…………」



両手で顔を覆い隠し、蚊の鳴くような声で話すなまえに思わず言葉を詰まらせる。



………可愛い。可愛過ぎる。
こんなにも純粋無垢な女性がこの地球上に存在するなんて…!



異三郎は緩む顔をなんとか抑え、彼女を抱きしめていた腕を解くと隣に座るように促す。
なまえはおどおどしながらも言われた通り隣に座ると、窺うように異三郎を見た。





「あの……ごめんなさい。私、知らないことばっかりで……」

「謝ることではありませんよ。しかし…こんなことで心臓が爆発していたら、この先どうするんです?」

「この先…ですか…?」



不安そうに尚もこちらを見つめ続けるなまえに、異三郎の中で加虐心がふつふつと沸き起こる。



「えぇ……この先、です……」



見つめ合った状態でゆっくりと追い詰めるようになまえをソファの端へ押しやれば、忙しなく動き出す彼女の瞳。


その様子に異三郎はクスリと笑みを零すと、そのまま彼女の真っ赤な顔に唇を寄せる。




………恋愛初心者のなまえでも、この次の展開は簡単に予想がついた。




(…これは……も、もしかして………)



――――――キ、ス……!?






「だ……駄目ですーーーっ!!」

「…!?」



あと僅か数センチの所で思い切り体を押し返されてしまい、異三郎は酷く動揺した。

何せ彼女から初めて拒絶されたのだ。
その事実にズキリと胸が痛む。



「嫌……ですか…?」

「ち、違いますっ……嫌なんかじゃ…」

「それならどうして…」

「………友達が…キスは簡単にさせちゃ駄目だって……付き合いたての頃にしちゃうとすぐに飽きられちゃうからって……」

「…………」




彼女の言葉に唖然とする。
飽きられる?……そんな馬鹿な。
彼女の交友関係はまだよく知らないが…
まったく…余計なことをしてくれる…。


私に飽きられたくないという彼女の気持ちは非常に嬉しいが……
このままではキスはおろか、その先の行為など夢のまた夢。


エリートではあるが、私だって男だ。
清い交際を長い期間続ける自信など…ゼロに等しい。






「それでは、一度“お試し”してはどうですか」

「えっ…でも……それで飽きられちゃったりしたら……」

「………貴女は服を買う時、どうしても迷ってしまった時は試着をしませんか?」

「…?しますけど……」

「では、スーパーでおかずを買う時、試食があれば食べませんか?」

「……食べます…」

「何においても“お試し”するのは大切です。……いろいろと悩むのはその後でも遅くないと思いますよ」




どうですか?と問いながら顔を近付ければ、覚悟を決めたのか今度は体を押し返されることは無かった。

その代わり、彼女の震える手が異三郎の服をクシャリと握る。





「………いい子ですね」





彼女の瞳が強く閉じられるのを合図に、ゆっくりと口づける。

恥ずかしさからか無意識に逃げようとするなまえの後頭部を片手で押さえ付けると、更に口づけを深くする。



「んんっ……!?」



初めての口づけにしては激しいそれに、何もかもが追い付かないなまえは、異三郎に必死にしがみつくしか無かった。



「……はぁ……苦しっ…ん…!」



…長い長い口づけに、酸素を求めて唇を薄く開けば、それを待ち望んでいたかのように侵入して来る彼の舌。

驚いて追い出そうと自身の舌で押しやれば、いとも簡単に絡め取られてしまう。



「…ふ……んぅ……ふぁ…ぁ…」

「……………っ……」



ドクリドクリと、まるで心臓が飛び出してしまったかのように脈打つ音が大きく聞こえる。
なまえは朧げな意識の中、
彼の口づけに ただただ酔いしれた。









――――








「……“お試し”の結果、私は貴女に更に夢中になったのですが……なまえさんはどうでしたか?」

「も……っ……そんなこと……聞かないで下さい……!」



漸く解放されたなまえは、顔は真っ赤…目は涙目…息も絶え絶えといった散々な状態だった。
そんな自分とは真逆に、平然とした様子で質問を投げかけてくる異三郎を弱々しく睨みつける。

その態度が気に入らなかったのか、異三郎はなまえの顎を片手で捕らえると至近距離で視線を返す。



「……なまえさんから感想が聞けるまで、先程よりももっと激しい口づけをすることにしましょうか」

「!?……い、言います!言いますから!!」

「最初から素直でいれば良いものを………で、どうでしたか?」


「……………うぅ………っ

……私も………異三郎さんをもっと……好きになりました……」



真っ赤な顔で振り絞るようにして述べるなまえに、愛しさが胸の奥深くからじわりと広がる。

異三郎は満足そうに微笑むと、俯く彼女を強く掻き抱いた。



「なまえさん……私が貴女に飽きることなんて生涯有り得ません……

……………愛していますよ」

















……後日、友人にあれこれ聞かれ仕方なしに今回のことを話したなまえは、
自分のファーストキスがとんでもなく大人のキスだと知らされ、真っ赤な顔で狼狽えるのであった。








(異三郎さんのバカバカっ!)
(……何ですか急に)
(あ、あ、あのキスは…大人のキスだって……初めてするものじゃないって友達が…!!)
(…おや、そうでしたか。それは知りませんでした。お友達は博識な方ですね)
(なっ…嘘ばっかり!…もう“お試し”は当分いりません!!)


((彼女の友人は本当に余計なことをしてくれる……))








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