日常の喧騒に疲れた男達の心を、幾度となく癒してきた“スナックすまいる”。
今日も今日とて心のオアシスとなるべく、女達はめかし込んで男達を待つ。

しかし、今夜はいつもと少し違い……輝かしいネオンに不釣り合いな生真面目そうな女がひとり、その扉を開いた。




「……ごめんなさいねぇ、なまえちゃん。急に呼び出したりして」

「いえいえ、大丈夫ですよ。それより……頼み事って何ですか?」



申し訳なさそうに微笑む妙に、なまえは首を傾げて問い掛ける。



「実はね……今日、どうしても人手が足りなくて。なまえちゃんに助っ人として入ってもらいたいの」

「えぇ!?助っ人って……キャバ嬢ですよね……?」

「無理な頼み事だってわかっているんだけれど、今日だけお願い出来ないかしら……」

「う〜ん……」



最初こそどう断ろうかと頭を悩ませたなまえだったが、どうにも困り切った妙の様子に、なまえは持ち前の責任感の強さが沸き上がり、とうとうその首を縦に振った。



「……わかりました!ただ、一目で私だとわからないようにお化粧や服装を変えてもらえますか?」

「任せておいて!なまえちゃん、本当にありがとう」


嬉しそうに笑う妙に笑顔を返すと、衣装ルームへと案内される。


(そうだ…異三郎さんに何て伝えよう……)


なまえと見廻組局長こと佐々木異三郎は所謂恋人同士。
嫉妬深い彼に今日のことを正直に伝える勇気を、なまえは持ち合わせていなかった。


(『今日はお友達とご飯に行ってきます』…っと。……異三郎さん、ごめんなさい…!)


パタリと携帯を閉じると、なまえは夜の蝶となるべく鏡の前に立った。







――――
―――






「失礼します。なまえと申します。今夜は楽しんでいってくださいね」



微笑むなまえに男達は思わず見とれる。

……それもそのはず。今のなまえは、それはそれは美しい女へと変貌を遂げていたのだ。

艶やかな髪はふわふわに巻かれ、人形のようなパッチリとした瞳に、可愛らしい口元。
着物は膝上の短い丈……そこから延びる細く白い脚はニーハイソックスに包まれ、見事に絶対領域を作り出していた。



「し、新人の子?いやぁ〜可愛いねぇ!」

「ふふ……どうもありがとうございます」

「!!あ、あ、あの…っ……ど、ドンペリ一本お願いします……っ」

「あら」



なまえの美しさや物腰柔らかな振る舞いに、男達は次々と魅了されていった。





(ふぅ…ちょっと飲み過ぎちゃったかな…)


働き始めて幾らか時間が過ぎた。
アルコールにより熱くなった顔を手で扇いで休んでいると、何やら色めきだったキャバ嬢のひとりに突然肩を叩かれた。



「ちょっとちょっと!すごいお客様が来たわよ!!ほら、あそこ!!」

「わ!ビックリさせないでくださ、い……よ…………」



促されるまま視線を移すと、見覚えのある白色の隊服が目に留まる。



「真選組の方はよくいらっしゃるけど……見廻組の方が来てくださるなんて、すっごくレアよ!」

「……っ!?」



視線の先は、見廻組局長……そして恋人である佐々木異三郎、その人であった。



(マズイ……っ………逃げよう!!)



「お妙さん、ごめんなさい!もう……っ「なまえさん、ご指名でーす!」……ひぃぃ!」

「あら、なまえちゃん大人気ね。いってらっしゃい」

「あ……う………はい……」



笑顔の妙に見送られ、ビクビクと怯えながら指名されたテーブルに向かう。

指名元は案の定、白色の隊服の局長様だ。




「…………ご指名ありがとうございます……なまえと申します……」

「どうもなまえさん、こんばんは。素敵な夜を過ごせているようで何よりです」

「……いえ、そんなことは……」

「いいんですよ、私に気を遣わなくとも。そんなことより、早くお座りになったらどうですか」

「はい……」



怖ず怖ずと異三郎の隣に座り、チラリと顔色をうかがう。

……ものすごく不機嫌だ。



「さて……ご友人との会食はどうです、楽しめていますか?部下から貴女がこちらのお店に入って行くのを見たと報告があり、まさかと思いましたが……。なまえさんにこんなにも沢山の……それも男性のご友人がいるなんて知りませんでしたよ」

「ち、違っ……!」

「おや、違うのですか?おかしいですね……私はご友人と会食としか連絡をいただいていないのですが……」



こちらを冷たく見据えて話す異三郎に、なまえは何も言えずに俯いた。

すると、今し方視線を移したばかりの自分の太股に異三郎の手がゆっくりと伸ばされていくのを見て体を強張らせた。

剥き出しのその部分についっと指を滑らすと、異三郎はなまえの耳元で囁く。



「……随分と大胆な格好ですね。私の前では、いつだってしゃんとしている貴女がこんな………妬けますね……」

「……っ」

「一体、どれだけの男性を誘惑したんです?私だけでは事足りぬということですか?」



テーブルで他の者には見えないのをいいことに、異三郎の手の動きは激しさを増していく。

唇を噛んで堪えるなまえの内股をスルリと撫でると、彼は妖しく微笑んだ。



「嘘をつき、私以外の男を魅了し……とんでもない悪女だ。ここでお仕置きをして差し上げてもいいのですよ……?」

「……っふ……ぁ……ごめ、なさっ……!異三郎さ……ごめんなさ…い……っ!」



フルフルと体を震わせ、微々たる快楽と羞恥に耐え忍んでいると、今までなまえを攻め立てていた手がポスッと彼女の頭に乗せられた。

呆気に取られて異三郎を見遣ると、彼は先程とは打って変わって苦々しい笑みを浮かべていた。



「………魅力的な貴女に群がる男性が、皆お人好しな人間とは限らないんですよ?もし襲われでもしたら……」

「……ごめんなさい……」

「まったく……その素直さに免じて、ここでのお仕置きは止してあげますよ」

「異三郎さん……」

「……ただし」














「アフター、ご同行願えますか……?」












こうして……今宵、羽化したばかりの美しい蝶は、現れた蜘蛛によって一晩中かけて美味しく召されてしまったそうな。



……余談だが、あの日のなまえが忘れられないと“スナックすまいる”へ足を運ぶお客が増え、このチャンスを逃さんと言わんばかりに、妙はなまえを勧誘し続けたのであった。






(ね、なまえちゃん。考え直してくれないかしら)
(も、もう本当に無理です!)
(どうしてもダメかしら……)
(どうしてもダメです……!)


((次は絶対に監禁される……!!))






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