人間と魔物が共存する世界がありました。

そこに争いごとは一切無く……支え合い、共に生きていることが当たり前でした。

特に、魔物達を牛耳る魔王は、度々人間の住む村や町を訪れては食べ物や金品を恵み、人々から非常に感謝されていました。

ところが…………、





「おぉ、勇者様!どうか魔王のお城へと向かい、物資援助の再開をお願いして下され!!」



ここ数ヶ月、魔王は人間達へ何も恵まなくなり、甘えきっていた人々は生活するのも儘ならないほど貧しくなってしまったのです。

困り果てた人々は、強く優しく勇敢な男【勇者】に、魔王の元へ向かい物資援助再開の交渉をして欲しいと頭を下げました。

―――もちろん、心優しい【勇者】は快く引き受けたのでした。





「え?あの……私、モブ役でって言われて来たんですけど……」

「……おぉ、勇者様!どうか魔王のお城へと向かい、物資援助の再開をお願いして下され!!」

「そもそも私、女ですし……台詞だって“ここは江戸の町よ!楽しんでいってね♪”だけ言えば良いって聞いて……」

「おぉ、勇者様!どうか魔王のお城へと向かい、物資援助の再開をお願いして下されぇぇぇ!!」

「あ、あの……」

「なまえちゃん、諦めなさい。その人はその台詞しか言わない仕様になってるから」



同じことしか言わない町人に戸惑っていると、お妙ちゃんがニコニコと笑いながら現れた。



「で、でも、お妙ちゃん!私、勇者なんて大役……」

「大丈夫よ、なまえちゃんならきっと出来るわ」



な、なんて眩しい笑顔……お妙ちゃんの微笑みに思わず言葉を飲み込んでしまう。
彼女のこの有無も言わさぬ表情には、いつも逆らうことが出来ないのだ。



「えっと……じゃあ、やっぱり私が魔王の城に行かなきゃいけないのかな……」

「そうね。行かないと私のハーゲンダッ……食料が手に入らなくて、皆飢えてしまうもの」

「あれ?今、ハーゲンダッツって言いかけた?もしかして、ハーゲンダッツ欲しさに私売られたの?」

「銀さんが装備品を用意してくれてるはずだから、今から万事屋に行ってらっしゃい?」

「あれ?無視されてる?私、無視されて……「行ってらっしゃい?」……はい」



微笑むお妙ちゃんの右頬にピシリと浮かんだ青筋を見付け、慌てて回れ右をして万事屋へ走った。

あ、危ないところだった……!
あのまま言い返していたら、どうなっていたか…………ううん、深く考えるのはやめよう。

それより、本物の勇者様は一体何処に行ってしまったんだろう。


うんうんと考え込んでいる間に、万事屋へと到着。
階段を上って建物の中へ入ると、胡散臭い真っ白な髭を付けた銀さんが待ち構えていた。



「よぉ、装備品揃えに来たんだろ?」

「はぁ、まぁ……早耳ですね」

「まぁな。お前も大変だな……魔王なんかに気に入ら………いっ……てぇぇぇぇぇ!!」

「え……えっ?!ぎ、ぎ、ぎ、銀さん!?」



突然前のめりになって叫んだ銀さん。驚いて彼を見遣れば、彼のお尻に日本刀が深々と刺さっており血の気が引いた。

どっから?!
いや、まず、大丈夫なの!?

目の前で起こった惨劇にあたふたしていると、四つん這いになっていた銀さんがフラリと立ち上がり、震える手で部屋の隅にあった宝箱を指差した。



「くそっ……余計なこと言うなってか……。
あー……あれに装備品入ってっから……中身取り出してさっさと魔王のとこに行ってくんねぇ?」

「あの……大丈夫、ですか……?」

「俺の心配は良いから早く行けって……じゃないと尻がもたないまじで」

「は、はいィィ!!」



お尻周辺とは対照的に顔を真っ青にした銀さんに言われた通り、宝箱を開けて装備品を取り出す。(その後トイレで装備した)

お金を払おうとしたけれど、“出世払いで大丈夫”の一点張りで受け取ってもらえなかった。
出世なんてする予定ないのに、本当に良いのかな……。



「えと……ありがとうございました。行ってきます」

「おー、じゃあな………あ、そうだ。ついでにコレもやるよ。魔王に効果抜群の装備品」

「……?はぁ、どうも……」



万事屋を出る直前に、銀さんが私の頭へと何かを装着させた。
触ればふわふわとした感触が手に伝わる。
……これは、猫耳カチューシャ?

ちょっと恥ずかしいけど……魔王に効果抜群と言われたら、安易に外す訳にはいかない。

沸き起こる羞恥心をなけなしの正義感で押し込めると、今にも倒れそうな銀さんに会釈して万事屋を後にした。



―――ちなみに。
装備品はフリフリミニスカメイド服だった。

………何でこんな痛々しい格好なんだろう。
あれ?そういえば武器はどうすれば良いの?





―――
――





町を出て周りを見渡せば、広い広い草原の至る所に真新しい看板が立っていた。
どうやら、これを辿って進めば魔王のお城に着くようだ。



(よかった……これなら迷わなそう)



丸腰である不安をぐっと飲み込み、私はいよいよ冒険の旅への一歩を踏み出した。



「………………え?」



踏み出したばかりの足を、早々に止める。
……だって、道に勇者っぽい人が縄でグルグル巻にされて転がされてたんだもん。そりゃ止まるよ。

……彼に一体何が。
あんまり関わりたくないけど、勇者様がいるなら私は行かなくて良い訳だし、ここは勇気を出して話し掛けてみよう。



「あの……勇者様、ですよね?」

「っ……勇者ではない!桂だ……ふぐぉっ…!!」

「ひぇぇぇぇっ!!」



勇者っぽい人が私に怒鳴り付けた瞬間、巨大な白色のペンギンのような生き物が現れ、彼の頭に踵落としを食らわせた。

地面にめり込む勇者っぽい人の頭。

はっ…!?もしかして、このペンギンは魔物で……私も彼と同じように攻撃されてしまうのだろうか?!

武器を持っていない私に勝ち目なんてゼロ。何とかして逃げなければと、震える足を引きずってへっぴり腰で後退る。



「ま、ま、待って下さっ……わ、私、武器持ってなくてっ………………え?……へんじが……ない。ただの……しか、ばねの、ようだ……?」



後退する私に、ペンギン(仮)が手に持ったプラカードを突き付けてきた。
そこに書いてある文章を読み上げれば、何度も頷かれる。

あ……そっか、なるほど!
……この人は勇者じゃなくて、死体役の人だったんだ!!それで、この子は教えてくれる看板役で……。



「逃げたりしてごめんなさい!わざわざ教えてくれて、どうもありが…………ん?」



親切なペンギン(仮)にお礼を言っている最中、不意に視界が高くなる。
はっとして下を見れば、見知らぬ女性が私を肩に担いでいた。細いのにすごい力持ち……じゃなくて!



「あ、あの……誰?私、これから魔王の城に行くんですけど……」

「私は今井信女。尺も残り少ないから、もう私が異三ろ……魔王の城に連れていくことにする」

「尺ってそんな……」

「それと、貴女を監視しながら付いていくのが面倒臭いから」

「監視!?私、監視されてたんですか?!」

「異さ…………魔王から貴女を見張れって命令が下ったの。面倒臭かったけど、ドーナツくれるって言うから引き受けた」

「ドーナツ?!ドーナツで動くって、私はドーナツより下の扱い!?ちょ、ちょっと、酷くないですか!?」

「…………煩い。貴女は黙って私に運ばれていれば良い」

「り、理不尽……!」



突如現れた今井さんに担がれ、私の冒険の旅は始まった。
……というか、このまま魔王の城まで直通だ。冒険の書も必要無いかもしれない。













―――【勇者】は旅の途中、様々な場所へと足を運び、様々な困難に立ち向かいました。

お陰で魔王の城へ着く頃には、沢山の経験が【勇者】を強く成長させ、心強い仲間も味方に加わりました。

魔王への直談判まで、もう少しです。





「着いた。此処が魔王の城」

「……数十分で到着しちゃった。しかも丸腰のまま……。あぁぁぁぁ……仲間もいないし武器も無いし、何処にも寄ってないからアイテムすら無い!レベル1でボスに挑むとか……っ」

「早くして。中で待ってる…………ドーナツが」

「わ、わかりましたよぉっ……もう!!」



今井さんに急かされ、慌ててお城の扉をノックする。
民家の扉よりも何倍も大きなそれは、鈍い音を立てながら私を誘い込むようにして開かれた。

恐る恐る中へと踏み出せば、入口から奥へと続く長い廊下に飾られている蝋燭に、一斉に火が灯る。
恐怖と驚きでそれ以上先に進めずにいると、溜め息を吐いた今井さんが再び私を担ぎ上げ、来た時よりもうんと速いスピードで走り出した。

この人、ドーナツの為なら何だってするんだろうな……。



「躊躇してる暇なんて無い。尺が無いって言ったでしょ?」

「そうですけど……」

「わかったならさっさと行って」

「わわ…!」



一瞬で辿り着いたお城の一番奥の部屋。
入口の扉に負けないくらい大きな扉を何の躊躇いもなく開いた今井さんが、私を肩から降ろすなり背中を押し、部屋へと押し込まれる。

バランスを崩した体を元の体勢に整えながら前方を見遣った私は、今度は腰を抜かしそうになった。

広い部屋の奥にある大きく立派な玉座。
そこで優雅に足を組んで座っている、一人の男性がいたのだ。
肘掛けに肘を立て、軽く握った拳に頬を乗せた状態で私を見つめる彼から、目を離すことが出来ない。

感じたことの無い重苦しい空気に、彼が魔王なのだと即座に理解した。



「……どうも、初めまして。私、魔王を務めております、佐々木異三郎と申します。
お待ちしておりましたよ、“みょうじなまえ”さん。本日は町への援助について交渉しにいらしたのでしょう?」

「な、何で私の名前まで……」

「そんなに怯える必要はありません。…………さぁ、どうぞこちらへ」



頬に添えていない方の手をゆっくりと持ち上げ、魔王は手の平を上にした状態で私に手招きする。
……次の瞬間、部屋の出入口付近に立っていた私の体は、ひざまずくような体勢で彼の目の前へと移動していた。



「え……あれ?!何で……っ」

「私、一応魔王ですから。これくらいのことメールを打ちながらでも容易く出来ます。それより…………この装備品は、一体どちらで?」



ガチリと固まる私を余所に、魔王は私の頭に手を伸ばす。
けれど、彼は私の頭には触れず、そこに装着された“猫耳カチューシャ”を触っているようだ。

……そ、そうだ!これは魔王に効果抜群なんだった!!



(丸腰だけど、生きて帰れるかも……!)



「こ、これは、銀さんが……くれて……!」

「ほぉ……坂田さんが、コレを」

「ど、ど、どうですか?その……」

「えぇ、とても良く似合ってますよ。もちろん、そのメイド服も」

「え?いや、そうじゃなくて……」

「そうですねぇ……その可愛らしさに免じて、町へは再び物資を送ることにしましょうか」

「…………へ?良いんですか……?」



魔王の言葉に思わず呆ける。
交渉という交渉もしていなければ、戦闘すらしていないというのに……まさか魔王に会って数分で目的を達成してしまうなんて。


(なんだ、思ってたよりも話が通じる魔王だったんだ。良かったぁ……)


……何にせよ、これで私は町に帰れるんだ!



「じゃ、じゃあ、私はこれで……」

「待ちなさい。貴女が帰ることは許されませんよ」

「え?でも、もう話は済んだ訳ですし……」

「町への援助は再開させます。その代わり、なまえさんにはこちらでメイドとして働いていただきます」

「……はい?」

「貴女が帰れば町への援助は即刻断ち切りますので、そのつもりで」

「っ……えぇぇ?!ちょ、おかしくないですか!?まるで脅迫じゃないですか!!」



勇者をお手伝いさんとして雇うなんて……そんなボスキャラ聞いたことがないよ!

声を荒げて抗議してみるが、無言で見つめられ思わず口を閉じる。
何だか気まずくなって顔を逸らすと、少し前のめりになった彼が私の顎に手を添え、半ば強引に視線を合わせられた。



「脅迫のように聞こえたのならそれでも構いません。何と言っても、私は魔王ですから……貴女がたのように綺麗事ばかりを並べてはいられないんです」

「うぅ……」

「それに、取って食おうという訳ではありません。食事は三食デザート付き、個人の部屋もありますし、もちろんお給料も支給されます。私と一緒でしたら町に行くことも許可しましょう……あぁ、それから、


…………どんなことがあろうとも、私が貴女を全力で守ることをお約束します」



どうですか?と真剣な表情で問い掛けられ、図らずも頬が熱くなる。

勇者が魔王に守ってもらうなんて、ゲームでは絶対にあってはならない展開だ…………でも、





「お………お仕えします……魔王様……」





目の前にいる彼が、まるでお姫様を迎えに来た王子様のようにキラキラと輝いて見えてしまったのだ。

鼓動の音が速くなる中、操られている訳でもなく自分の意思で頷いてしまった私は…………



きっと、もう、

後戻り出来そうにない。





「これはこれは、勇者様…………素直で大変結構」





―――こうして。【勇者】の活躍により、町への物資援助は再開されました。

町の人達も飢えに困ることなく日々を過ごし……【勇者】の栄光を称え、彼への感謝の気持ちをいつまでも忘れませんでした。

そしてその後も、人間と魔物は支え合い末永く幸せに暮らしましたとさ。



めでたし、めでたし。










(あ、あの!私はまず何をすれば良いですか……?)
(何もせずにそちらの椅子に掛けて待っていて下さい。今、紅茶をお持ちしますので)
(え?それはメイドである私が用意するべきじゃ……)
(火傷でもしたら大変ですから私にお任せ下さい。それでは、失礼します…………くれぐれも、この部屋から出てはいけませんよ?)
(はぁ……)


―――
――


(……もしもし、さぶちゃんですけど。坂田さん、とても素敵なオプションをありがとうございました。猫耳とか悶え死ぬかと思いましたよ。報酬は上乗せしておきますから…………え?なまえさんですか?何も疑うことなく、可愛らしく部屋で待っていますよ………おっと、すみません。なまえさんが可愛いのはいつものことでした。


あぁ、そうです。町の人達にもお伝え下さい。“皆さんのお陰で彼女を手に入れることが出来ました”と……。えぇ、えぇ、もちろん。約束通り、報酬は協力して下さった皆さん全員に差し上げますよ……)





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