「あれ?チェックのハンカチが無い……この前はあったのに…」



探していたハンカチが見付からず、渋々違うデザインの物を白い隊服の内ポケットへと入れる。
それと同時に“またか…”と溜め息を吐いた。


ここのところ、やたらと私物が紛失する。
なまえがそのことに気付いたのは、ベランダに干しておいたお気に入りのバスタオルが無くなった時だった。
それを必死に探している際、そういえばアレも最近見ないしコレも見当たらない……と芋蔓式に発覚したのだ。



「あーあ……あれも気に入ってたのになぁ…」

「なまえ、また何か無くなったの?」

「信女ちゃん!……うん…今度はチェックのハンカチ…」

「そう……」



しゅんと項垂れる私の頭を優しく撫でてくれる信女ちゃんに、自然と目に涙が溜まる。
大事な物を無くしてしまったショックが大きいのは勿論のこと……涙ぐんでしまうもうひとつの理由として、実はずっと引っ掛かっていることがあるのだ。



「なまえ、異三郎には言ったの?もしかしたらストー……「そっ、それ以上は言わないで!!」



“ストーカー”

そう言い掛けた信女ちゃんの口を両手で押さえて発言を阻止する。
だってそれ以上は考えたくなかったのだ。自分がストーカー被害に遭っているかもしれないなんて…見廻組隊士に有るまじきことだ。



「……でも、この前は誰かに付けられてる気がするって言ってたじゃない。何かある前に異三郎に言っておいた方が良い…」

「うっ……か、仮にストーカーに遭ってるとしても、局長になんて言えないよ……情けなさに呆れられてクビにでもされたら困るもん…」

「なまえって馬鹿なの?」

「……何とでも言って下さい。私は絶対に局長には言いませんから!」

「何を、私に言わないんですか?」



信女ちゃんと言い争っていると、低い声がすぐ後ろから聞こえビクリと体が跳ね上がる。
あぁ、もう、何でこうもタイミング悪く……!

恐る恐る振り返れば、相変わらずの無表情でこちらを見下ろす局長と目が合う。
彼の探るような瞳に先程の話題が思わず喉まで出かかったが、寸でのところで飲み込んだ。



「……お、乙女の恥じらいを知りたいなんて、野暮ですよ局長!!」

「ほぉ、貴女に乙女の恥じらいとやらがあったとは初耳です。是非とも知りたいところですが……今はそれどころではありません。これを江戸中に貼りなさいと上からのお達しです」

「何これ……“ストーカー、変質者、注意して!夜道は絶対大通り!!”…?」



局長に渡されたポスターの文字を読み上げれば、何ともタイムリーな単語に思わず声が震える。
局長がそんな私の様子に気付かないはずもなく、気遣うようにそっと肩へと置かれた温かい手におずおずと彼へ視線を向けた。



「なまえさん、私に何か話したい事があるのではないですか?」

「っ……あ、その………」

「もし何かあるのなら、今此処で言ってしまうべきです。後悔しない為にも…」



あまりに真剣な眼差しから視線を外すことが出来ない。
もしかして彼は私の悩みを知っているんじゃないだろうか。そんな錯覚さえも覚える。

言いたい。言って助けを求めたい。

……でも…………、





「……………局長の思い過ごしですよ。隠し事なんて何もありません」



カラカラになった喉から絞り出た言葉は、臆病な自分を知られない為の虚勢だった。

私の言葉に局長は目を細め、信女ちゃんからは小さな溜め息がひとつ。



「……なまえ、本当に馬鹿………」



だって、やっぱり言えないよ。


情けないと 思われたくない。







――――
―――





あの後、逃げるようにして屯所を飛び出した私は、局長に渡されたポスターを江戸中の至る所に貼り出していった。

途中持っている紙束の分厚さに心が何度も折れ掛けたが……動きを少しでも止めてしまうとまた嫌な考えに頭の中を埋め尽くされてしまいそうで、私は休まず動き続けた。





「……これで最後、っと。よし!任務完了!!」



最後の一枚を貼り付け、大きく息を吐く。
日も暮れて真っ暗になってしまったが、頑張ったおかげで今日中に全て貼り終えることが出来た。
ジワジワと湧き出る達成感にひとり浸っていると、辺りがやけに静かなことにふと気付く。

どうやら夢中になり過ぎて、いつの間にか人気の少ない路地裏へと入り込んでいたようで……人っ子一人いない通りに思わず顔を強張らせた。




“ストーカー、変質者、注意して!夜道は絶対大通り!!”




……いやいや、有り得ない。
脳裏に浮かんだフレーズに首を勢い良く横に振る。
早く屯所へ戻ろうと踵を返そうとした

その時―――



背後から大きな手に口を塞がれ、驚きの余り一瞬呼吸を忘れる。
直ぐさま体勢を整えて刀を抜こうとしたのだが、強い力で腕を引かれ路地裏の更に奥の袋小路へと引きずるように連れていかれる。

何度も抵抗しようと藻掻いたが、相手の力が強くてびくともしない。最終兵器でもあった刀は途中で捨てられてしまい、もう成す術が無かった。



「っ……ふ……ぅ……」



恐怖のあまり全身が震え、大きな手に覆われた口からは情けなくも嗚咽が零れる。

あぁ…こんなことになるのなら、局長に話しておけば良かった……。

そうしたら、局長が私を守ってくれたかもしれない。

いつもみたいに名前を呼んで……「なまえさん……」……そう、なまえさんって呼んで………え…?





「……なまえさん」



耳元で聞こえた声を辿るように顔だけで振り返り、そして目を見開いた。
……何故なら、そこに、今し方頭を占領していた局長が立ち尽くしていたのだから。

驚く私を無視するように局長は私の口元から手を離し、言葉を続けた。



「なまえさん、こんな暗い道を一人で歩いては危険ですよ?」

「きょ、局長!?ビックリしたぁ……私、てっきり……。もう!驚かさないで下さいよっ!!」

「てっきり……何ですか?」

「え?あ…いえ!何でもないです!!それより、どうして局長が此処に……」



向き合って見上げる局長の顔は、いつも以上に無表情なものだった。



「…あの……」

「どうして?……まだ、わかりませんか?」



ゆっくりと私の肩を壁に押し付けていく彼の手はどこか冷たくて、
静かに見据える双眼は感情を汲み取ることが出来なくて、


何故だか、言い知れぬ恐怖が込み上げた。




「チェックのハンカチ、私が新しい物を買って差し上げますよ。それとバスタオル……あぁ、あと他にもありましたね」

「な、んで……知って、るの……?」



まさか……そんな……



「愛する貴女のことは、何だって知っていますよ。




……なんせ、私が犯人なんですから」




怪しく笑う局長を目の前に、声にならない悲鳴を上げて身を捩る。しかし、肩を押さえ付ける力が強く身動きがとれない。

怖い…!怖い……!!

再び全身が震え出し、ガチガチと歯が鳴る。
怯える私に局長は愉快そうに笑みを深め、ゆっくりとした動作で首元に舌を這わせた。



「ひっ……局、長……ごめ、なさい………ごめ……なさ……い……っ」

「最初の時点でさっさと私に泣き付いていれば良かったものを……もう手遅れです、諦めなさい」

「……ぁ……や…だぁ……ん……っ」

「あぁ……なまえさん、愛していますよ…………今日こそ、私だけのモノに……」



私の体を壁に押し付けたまま覆い被さるようにしてこちらを見下ろす局長に、これ以上涙は見られまいときつく目を閉じる。

それを合図に私の首筋へと歯を立てた局長は、まるで獣のようだった。



























「………という夢を見たんですけど、どうやったら正夢になりますか?局長」

「まず貴女のその湧いた脳みそをどうにかした方が良いんじゃないですか。お望みとあれば風穴くらいいつでも空けて差し上げますよ」

「ひ、酷い……でもそこが良い!!」



今日見た夢が余りにも現実離れしていて尚且つ理想的過ぎたのだ。その為、どうしても私ひとりの心に留めておくことが出来ず、局長の私室へと突撃して夢の話を今し方話し終えたところなのだが…何故か局長は心底げんなりした様子。

不思議に思いソファに座っている局長の横にピッタリと引っ付いて顔を覗き込めば、物凄く冷たい視線を返されてしまい……堪らず頬が紅潮する。


あぁんもうっ…局長、素敵過ぎ!抱いて!!


大好きな局長との見つめ合いにニヤついていると、彼の目付きが何やら一段と鋭いものへと変化した。
どうしたのだろうと見つめ続けていると、不意に伸ばされた手が私の隊服のスカーフを掴む。

ま…まさか……!?



「局長、ダメです……!鍵も掛けていない部屋であんなことやこんなことをするなんて……!!」

「このスカーフ、私の物ですよね?」

「キャーー………え…?」

「……それと、そのパンツポケットからはみ出ている藍色のハンカチ。それも私の物ですよね…?」

「あー……どうだったかなぁ……そうだ局長!そういえばこの前……「なまえさん…?」ひっ……すみませんでしたぁ!勝手に拝借しましたぁァァっ!!」



目を逸らして、話を逸らして。
けれども局長の気を逸らすことは出来なかった。



「なまえさん……今から一週間、私及び私の私室・私物に近付くことを禁じます」

「……う、そ………」

「嘘ではありません。……と、言う訳ですので、素早くこの部屋から立ち去りなさい。10秒以内に出ていかないと期間を一ヶ月に延ばしますよ。10、9、8……」

「っ………うわぁぁぁぁん!局長のドS!!鬼畜!!でもそんなところも大好きだぁァァァァ…!!」




喧しく叫びながら出ていくなまえを見送り、佐々木は盛大に溜め息を零した。
彼女からの熱烈なる好意は嫌ではない。むしろその逆なのだが……、



「まったく……毎回貴女から襲い掛かる勢いで来ていては、いつまでたっても私が手出し出来ないじゃないですか…」




彼女が見た夢の中の自分を少し羨ましくも思う。(かと言ってストーカー行為をしたいとは思わないが…)

夢でのシチュエーションが理想と言うのならば、たまには引くことも覚えて欲しいものだと佐々木はひとり呆れたように微笑んだ。












((本当に、少しでも良いからしおらしくしていれば良いものを……))


(まぁ、アホなところも可愛いと思いますが……)
(っ……今の本当ですか!?局長!!)
(…………)
(………あ)
(一ヶ月間接触を禁じます)
(ま、待って下さい!今のは違うんです!!)







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