最悪だ………まさか、昨日飲んだお酒がこんなにも今日に響くなんて。
見廻組隊士であるみょうじなまえはベッドで横になり、ひとり後悔していた。
……昨晩こっそり屯所を抜け出して、飲み仲間である土方と晩酌をしたのだが…
何故かテンションが上がってしまい、いつもよりアルコール度数のうんと高い酒を頼みまくってしまったのだ。
……結果、かなりの二日酔い。
頭痛に吐き気に全身の倦怠感
最悪な三拍子が揃ってしまった。
(……こんなこと局長に知れたら…っ……今日は一日部屋に篭っていよう。そうしよう。うん)
なまえは起こしかけた半身を再びベッドへと戻した……………が。
突然酷い吐き気に襲われ、勢いよく起き上がると一目散に部屋を飛び出した。
「……うぅ……気持ち悪………」
トイレから出て来たなまえの顔は真っ青で、すれ違う隊士達が何事かと心配そうに振り返る。
口元を押さえてのろのろと歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あ……信女ちゃん……」
「酷い顔…どうしたの」
「や、ちょっと吐き気が……うっ……
…ごめんね……今日ご飯いらないって局長に伝えてもらっても良いかな…」
「……わかった。伝えておく」
「……あ、あの……梅干しあったら取っておいて欲しいな……なんて……
…ぅっ……ご、ごめん、もう行くね……っ」
「……………」
ヨロヨロと覚束ない足取りで去っていくなまえを見送った後、信女は今のやり取りを伝えるべく佐々木の元へと向かった。
―――――
―――
「あー……どうして薬ってすぐに効かないんだろう………」
二日酔いと戦いながらベッドで丸くなっていると、部屋の扉が勢いよく開く。
驚いてそこへ視線をやれば……
未だかつてない程の不機嫌なオーラを纏った佐々木が、こちらを睨むようにして立っていた。
彼のあまりの剣幕に言葉を失う。
そんななまえに構うことなく佐々木は部屋へ入ると、彼女の腕を強く掴んで乱暴に起き上がらせる。
「ひっ……あの…局ちょ「相手は誰です」……え?」
――まさか…昨日の晩酌がばれた…!?
「え〜っと……何のこ「相手は誰だと聞いているんです」…っ」
ギリリと腕を捻られ思わず顔をしかめる。
…ていうか、晩酌ごときで怒り過ぎじゃない!?
「痛っ………ひ、土方さんです……!!」
「…………っ……」
彼女が放った言葉に衝撃を受ける。
……あのバラガキ、やはり潰すべきだった。
そもそも何故エリートである私がこんなにも怒り狂っているのかというと……
原因は無論、目の前にいるなまえだ。
信女の話では、彼女は吐き気を催しご飯が食べられない。しかし梅干し等の酸っぱい物は所望する………
……完全に妊娠の症状ではないか!
彼女に悪い虫が付かぬよう可能な限り傍に置いていた。ゆくゆくは恋人に…などと甘い夢を抱きながら。
……にも係わらず……にも係わらずだ。
彼女は知らぬ間に他の男に汚されていたのだ。
憤慨せずにいられるはずがない。
「……彼とはいつからそういった関係なんです…」
「えと……二年くらい前……です」
「(二年も前から!?)…彼は、今の貴女の状況を知っているんですか?責任はちゃんと取るつもりなんですか!?」
「(責任!?二日酔いの?!)……いえ、知らないと思います。知っていたとしても…責任なんて……」
目を伏せて話す彼女にツキリと心臓が痛む。
彼女はひとりきりで全てを背負う覚悟をしている……
こんな健気な彼女を汚しただけでなく、責任逃れとは………あの糞餓鬼。どうしてくれようか。
わなわなと奮え出してしまいそうな体を、なけなしの理性で無理矢理抑え付ける。
そんな佐々木の心中を知らぬなまえは、何とか弁解しようとおずおず口を開く。
「あの…局長……昨日のことは謝ります。でも、少し過剰に反応し過ぎな気も……」
「昨日…?貴女、昨日も土方さんと…?」
「え、えぇ……呼び出されたので。
…で、でも昨日は近藤さんも沖田さんもいなかったからいつもよりは(酒の場が)マシだったんですよ…?
ただ、ちょっと…調子に乗っちゃっただけで……」
「なっ……!?」
妊娠中の彼女を呼び出し、関係を迫ったと言うのか……
それに、普段は他の者も交えている!?
……やはり真選組ごと潰そう。
いや、まず、そんなことよりも。
掴んでいた手を離し、不安げにこちらを見上げるなまえの頭を優しく撫でる。
「手荒な真似をしてすみませんでした。
……なまえさん…辛かったですね。貴女が汚されてしまったことはショックですが……
…それでも貴女を愛しています。
子供も含めて私が守ります…だから……結婚しましょう」
「…は!?え?!ちょっ……えぇぇ!?」
突然の告白に焦り出すなまえ。
しかも、何やらプロポーズの言葉も聞こえた気がする……。
いや、それより…汚されたって何!?子供って誰?!
「あの……これって何の話でしたっけ…」
「…は?貴女が一体何処の野郎に子種を仕込まれて孕んだのかって話でしょう……言わせないで下さい」
「へ?孕……え?」
「…はぁ……わからない人ですね……貴女が誰とセッ…「わーーっ!!言わなくて良いです!!
そもそも、勘違いですよそれ!!」
大きな声で否定するなまえを疑わしいそうに見つめれば、彼女は慌てて状況を説明し始める。
最初こそ彼女が土方を庇っているのではと疑っていた佐々木だが…何度目かの説明でやっとただの勘違いだとわかり、ホッと胸を撫で下ろす。
「……二日酔い…よくなると良いですね」
「ありがとうございます……
…あの、ところで局長……さっきのって告白ですよね?プロポーズ…ですよね?」
「………だとしたら何です……」
「……いえ……その……………
………………嬉しかった、です……」
ふにゃりと笑うなまえに佐々木は堪らず彼女を抱き寄せると、身動きが取れなくなる程強く抱きしめる。
突然のことに頬を赤く染め身を固まらせたなまえだったが……
彼の温もりに次第に心を解され、その大きな背中へとゆっくり腕を回した。
絶望のふちへと立たせた一つの勘違いが、
今度は幸せの絶頂へと導いた。
薬のお陰か彼のお陰か…頭痛も吐き気もいつの間にか消えており、たまには二日酔いも良いもんだとなまえは満足そうにニッコリ笑った。
(……で、いつ晩酌をなさってたんです?)
(え…?えっと………夜中に……)
(………夜中に…?)
(…………こっそり抜け出して…)
(……………)
(……あの…)
(…………お仕置き、ですね)
(ひぃぃ!?)