Name Change
――今日は、卒業式。
どこまでも青く澄みきった空の下。暖かな風に乗って桜が舞い散る、卒業にふさわしい今日のこの日。
――僕の心は、それとは裏腹に淀んだ雨の色のように沈んでいた。
「敦先輩!」
「………あ、美奈ちゃん」
長い黒髪をさらさらと靡かせて駆け寄ってくるのは、僕の一つ下の後輩――美奈ちゃんだった。
僕の前まで来ると、まるでぱあっと花が咲いたような眩しい笑顔を向ける。大好きだった笑顔の筈なのに、僕は胸が痛くて痛くて仕方なくて、そんな自分が嫌になった。
蘇るあの時の記憶。君が、彼奴に気持ちを告げる処を。
『………好きです』
その瞬間、時間が酷くゆっくり流れていくように感じた。頭が真っ白になって、息が詰まったように苦しくなって。
大好きな君が、その時だけは酷く憎らしく思えた。
その、恥ずかしそうで、とても可愛らしいその顔は、僕がずっと前から向けられたかったものだったのに。ずっと前から、焦がれていたものだったのに。
「卒業おめでとうございます!でも、敦先輩が居なくなるの、すごく寂しいなぁ」
君のうきうきとした軽い足取りは、その告白の結果がどうであったかを物語っていて。
僕はやるせなくて、やるせなくて。
「敦先輩は色々な処で私を助けてくれたので……本当に、感謝してます。ありがとうございました。」
――嗚呼、でも。
きっと僕は、君を憎むことなんてできないのだろう。
ぺこりと頭を下げて、僕を見上げながら微笑む彼女の瞳にこもっているのは、僕への本当の感謝の気持ちだった。
僕は、彼女に向かって自分ができる精一杯の微笑みを向けた。そして、彼女の頭の上にぽん、とそっと手を置く。
「……ううん、此方こそありがとう。美奈ちゃんと居れて、すごく楽しかった。」
僕はそう何とか言葉を絞り出し、それより、と続けた。
「………告白して、OK、もらったんでしょ。僕のことは良いからさ、行って来なよ。」
そう言うと彼女は頬を赤く染めて、恥ずかしそうに俯いた。でも暫くするとありがとうございます、と決意したように呟いて顔を上げた。
「敦先輩のその優しい所、私ずっと忘れません!!」
本当に、ありがとうございました!!そう大きな声で告げて彼女は笑った。
嗚呼、これで本当にお別れなんだな、と僕は泣きそうになりながら心の中で呟いた。
みるみるうちに遠ざかる彼女の小さな背中。舞い上がる桜の花弁によって霞んでいく愛しい背中。
できることなら、全てを吐き出してしまいたかった。
好きだと思いっきり叫んで、彼女の背中を抱き締めてもう一度好きだと呟いて。
でも、そんなことは叶わないし、それをする勇気も僕には無い。
――だから、せめて、君の幸せを願っていたいと思うんだ。
大好きだったあの笑顔が、どうかいつまでも消えないでいてくれますように、と。
「………さようなら」
――春。
この季節は、僕に永遠に消えない温かい傷痕を遺して過ぎ去っていった。
別れ際の、彼女の何よりも美しい笑顔を、僕はきっと忘れないだろう。
大好きだった笑顔
title by:花になるよ