よく晴れた、ある日の浅草。
第7特殊消防隊では私と幼馴染みであり許嫁でもある、この隊の大隊長の新門紅丸との<いつものやり取り>が繰り広げられていた。


「なんで!!いいじゃない!!」
「っるせーな、何度言われても駄目なもんは駄目だ」
「私もう子供じゃないし!」
「…朝に遣い頼んで、夜まで帰ってこなかったのは何処のどいつだ?」
「うぐ…」

ギロリ、と睨まれ反論する余地がなくなってしまう。
確かに自他ともに認める方向音痴ではあるが、今日はどうしても手に入れたいものがあるのだ。

「一々探し回るこっちの身にもなれ馬鹿。大福ならババァから貰ってきてやるから、大人しく待ってろ。
おい紺炉、鈴音が勝手に出ていかねェ様に見てろよ」
「了解です若。」
「馬鹿は余計だ馬鹿ぁあ!!」

ぎゃあぎゃあ言っている間に紅丸は散歩に行ってしまった。



「おいコンロー!お嬢どうしたんだ?」「どうしたんだ?」
「いつもの、だ。まったく飽きねェこった」

騒ぎを聞きつけたのか、後ろから紺さんに加えヒナタとヒカゲの声がした。

(そうだ、一人が駄目なら…)

「そうだ!ヒナ、ヒカ!」

ヒナタとヒカゲのほうを振り向き、思いついた計画を実行することに決めた。
子供を出しに使うのは少し心が痛むが、そんな事を言っている場合ではない。

「なんだ、お嬢?」「なんだなんだ?」

頭上に疑問符を浮かべる二人。

「お菓子買ってあげるから、外に行こう!」
「おお!行くぞ!!」「行くぞ!!」
「よし!じゃあそう言うことだから紺さん行ってきます!」
「おいっ!お嬢、まっ…はァ……」

二人の手を引いて私は外へと飛び出した。





「なあお嬢、何買ったんだ?」「気になる気になる!」
「あー…えっと…」

2人分のお菓子と目的の物を買い終え、ヒナタとヒカゲが私に問いかける。
2人に話して渡す相手にバラされると困るし、何より話すのが恥ずかしかったので口ごもっていると、急にヒナタが声を上げた。

「あっ!若だ!」
続けてヒカゲも声を上げる。
「ホントだ若だ!」
「え゛っ!?」

私は咄嗟に二人を連れて近くの店の陰に隠れた。
今の状況で見つかれば叱られることは確実だからだ。
(いや、叱られるとかそんな次元じゃな…い…え…?)

「若、女と一緒だぜヒカ」「しかも若とお嬢と同じくらいの歳だよな」

私やヒナタとヒカゲたちが見たのは、紅丸が知らない女の人と話している現場だった。
方向音痴の私でも流石にどんな人が此処に住んでいるのかは知っている。
そんな私でも知らない人だったのだ。しかも遠目から見てもかなり綺麗な。

「お嬢、ここはげんこーはんたいほしてやろうぜ!」「若のことたいほー!って…お嬢?」
「……そんな…ことって…」
「やばいぞヒナ!お嬢が灰になっちまう!」「急いでもどるぞヒカ!」





「…で、なんでお嬢がこんな事になってんだ?ヒナタ、ヒカゲ」
「それがなー、若が町で知らない女と会ってたんだよ」
「そうそう、『ふりん』だ『ふりん』!」
「若はまだ『けっこん』してないから『うわき』じゃねーのか?」
「…はあ…お嬢…おい、鈴音、しっかりしろって」
「…やっぱりわたしじゃだめだった…ははは…」

風前の灯の様な彼女を見て、今は何を言っても駄目だと判断した紺炉は、
心配そうに鈴音を見るヒナタとヒカゲに鈴音の自室に連れていくよう指示し、紅丸の帰りを待った。


「なーなー、お嬢〜これやるから元気出せよ〜」
「そうだぞ〜元気出せよ〜」
「……ありがとう2人とも………」

あの現場があまりにも衝撃的すぎて、(精神的に)灰になりかけていた私に、2人ともお菓子を差し出して励ましてくれる。
(嗚呼、私の狡い計画に巻き込んでしまって本当に申し訳ない……)
心の底から2人に謝罪した。

「…もう大丈夫だから、2人は戻っていいよ」
「本当か〜?」「んじゃ、晩飯の時には呼ぶからな〜」
「ありがとう、2人とも」

私は今できる精一杯の笑顔で二人を見送った。

そもそも、私が『許嫁』という水平線の様な関係を続けていたのは『こういう時』の為であって、紅丸が他の人を好きになるようなことがあれば、直ぐにでも身を引こうと最初に考えていたのに、今はとても、
(…息ができなくなりそうなくらい、つらい…)

たかが女の人と話していただけじゃないか、と気分を落ち着かせようとしても、
楽しそうにしていた女性の顔がこびり付いて離れなかった。
何時も気怠そうにしているあいつと何を話していたんだろうか、
なんてそんな事ばかり考えてしまう。

「ははは…いつからこんな面倒くさい女になっちゃったんだろう私…」

半ば自虐的になりながら乾いた笑いを零すと、

「良く分かってんじゃねェか」

と後ろから声がした。
それが私の悩みの種だと気付き、すぐさま部屋の奥へ避難する。

「いいいいきなり部屋に入ってくるとか流石にないでしょ!?」
「あぁ?俺はちゃんと声かけたぞ。気付かねェ鈴音が悪い」

そう言い、私の前までやって来る。
そして胡坐をかいてため息をついた。

「ヒナタとヒカゲから話は聞いた。…まあ色々と言いたいことはあるが…」
「…な、なによ」
「結果から言うと、あれは結婚の報告を受けてただけだ」
「…へ…?」

思わず間抜けな声が出る。

「あそこの次男坊がな、浅草を出て大学に通ってたのはお前も知ってんだろ。
んで、その間にできた女と結婚するから、俺にも顔を見せておきたかったんだと」
「まあなんとおめでたい…」
「なにババァみてぇな感想言ってんだよ」
「だって本当のことだし…いひゃい!」

ほっとしたのもつかの間、頬を紅丸に抓られた。

「これで分かったか、馬鹿」
「わひゃりまひた!わひゃったかりゃはなひて!」
「なら良し。…ったく、お前に元気がねェとあいつらも心配すんだ、小せェことで悩むな馬鹿」
「馬鹿は余計だって言ってんでしょ!!」
「煩せェさわぐな馬鹿。これから飯だってのに不味くなるだろ…あ、」
「なっ…なに、」

急に私のほうへ振り向き、紅丸がニヤリと笑った。全身に寒気が走る。

「勝手に出て行った件に関しては晩飯の後によーく話を聞かせてもらうから、覚悟しとけよ」

自分がやらかした事の重大さを再度痛感した瞬間だった。





(ああ…終わりだ…)
(若、ちゃんと話したんだろ?)(話したんだよな?)
(当たり前だろ)
(じゃあなんでお嬢あんなにおびえてんだ?)
(さァな)




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