今更ですか 昨日は部活のあと撮影があって疲れたのかもしれない。周りに笑顔を振りまくのもすごく疲れる。いつもは気にしなくても出来てるのに。午後練までにせめて気力を回復させたい。 そんな風に考えながら黄瀬は昼休みを過ごしていた。あまり使われることがない北校舎の入口通路。そこに隠れるように座る。誰に会うのも気を張るから、休める場所は限られてしまう。 このまま午後の授業はサボってしまおうかと思いかけたとき、どこからか声がした。 「昨日のデートどうだった?」 「そういや、この前声かけた子とデートだったんだっけか」 「ああ」 「なんだよ、その返事。ヤらせてくれなかったの?」 「それがさ。なんか学校のことしつこく聞かれてさー最初は話題なくてとりあえず質問してんだと思ったんだけど『その学校ってモデルの黄瀬涼太が通ってるんだよね』とか言われてさー」 「うわ、黄瀬目当てかよ」 「最悪じゃん」 男数人の話し声。ああ、またか。女の子は話しかけて笑顔を振り向けば誰でも落ちるけど男からは妬みと恨みとしか思われてない。顔も良くて運動も出来る。そうなると影でコソコソ言う奴がいる。顔も運動も平均以下の男どもじゃ俺に叶うわけないだろう。人のことブツブツ言う前に自分をどうにかしろよ。 そいつらは話し声からすると北校舎の奥にいるらしい。別に乗り込むつもりもないけど。 ただ誰もいないところに来たくてここへ来たのに人がいてしかも自分のことを色々言われてるとなるとムカついてくる。頼むから静かにして欲しい。 黄瀬は目を閉じ深く溜息をついた。 「あいつ女ころころ変えてるんだろ?」 「そういう噂ばっかだよな!」 「あ、でもこの前俺のクラスの女子がフられたとか言ってた。彼女いるからって」 「あー、そういえば聞いたことある。その彼女ってあれだろ?中学のころ二股してたっていう」 「男が男なら女も女だな」 「お互いそういう噂知ってんのかね」 「さあ。あれじゃん。そのとき楽しければ他でなにしてよーとどうでも良い、みたいな」 「こえー。けどそういう意味でお似合い?」 「それかお互い二股してやろうとか考えてたりして」 ははは、と馬鹿にしたような笑い声。なるほどね、妃との関係は男から見たらそう映るわけか。 けどこれはほんの一部だろう。こいつらは妃を直接知ってるわけではないらしい。男女問わず妃のことはみんな避けてるらしい。入学初期からそんな悪い噂があるやつと誰もつるもうとは思わないだろう。そっからずるずるとその関係が続いている。女子からは妬まれて喧嘩直前までなったとか噂を聞いた。だからって助けるつもりはない。面倒だし。ま、妬まれてんのって俺のせいだろうけど。 だから妃のことを知ってる奴らはそういう話にならないだろう。俺と妃の話ではなく、「二股」の妃の話題になるはずだ。 「ちょっと、」 「え?」 「なに、あんた」 「さっきから聞こえてたんですけど。黄瀬くんと私の話」 「…え、もしかして」 男どもの気まずそうな声が聞こえる。聞き覚えのあるあの声は妃だ。妃もどこかで聞いてたのか。ということは話題のネタになっていた二人がそれを聞いていたということになる。 「私と黄瀬くんはそんな利用してやろうとかいう関係じゃないから。そんなこと全然考えてないし」 「あ、ああ」 「そういうのやめて。噂って嫌いなの。どんどん変わっていって関係ない人巻き込むから」 堂々とした声が響く。どうやら怒ってるらしい。話をしていた本人に聞かれてた動揺からか男たちは頷くしかしていない。 「私はいいけど黄瀬くん巻き込むのはやめて」 俺は庇おうなんて思ったことなかったけど妃はそんな風に庇ってくれるのか。 俺の彼女のフリで妬まれてクラスで色々あったことも噂で聞いてた。けどなにかしようともしなかった。なんだか妃の声を聞いてて自分が情けなくなった。 「どもっス」 「…黄瀬くん、いたの」 「まあ」 「噂をすれば影って本当なんだね」 「…さっきの」 「私が勝手にやったことだから」 「……」 「というか私のせいで嫌な噂流れてるね。ごめん」 「…なにそれ、良い人ぶってんの?」 申し訳なさそうに顔を顰めた妃。面倒だ。軽く喧嘩を売れば「別に」と案外そっけなく返された。 「…黄瀬くんってほんと素だと酷い人だよね」 「……」 「?どうかした?」 「あ、いや…」 慌てて目を逸らす。言われて気付いた。今、素で妃と話していた。誰に会うのも億劫だと思ってたけど一人だけ、例外がいた。 素になって話してるのは元から見せてるからだろうけど。けど、元から素で接してること自体「黄瀬涼太」にとってはすごいことなんじゃないかと今更気づく。 そして素の酷い「黄瀬涼太」を知っていて、男子たちの話を聞いて怒った妃。本当の自分を知っててつるんでくれるのは中学の仲間以外にはじめてかもしれない。 「……今度、礼はする」 「だから別にいいよ」 「いいから!するって言ってるんスよ!」 いきなり大声を出した黄瀬に妃は驚いたようだったが少し考えたあと「じゃあ、楽しみにしてる」と笑って答えた。 ※黄瀬の独白はあえて口調眈々とさせてます。 夢主が北校舎にいたのは昼休み寝てたからです。途中で起きました。 |