立ち入り禁止


聞き慣れた曲に無意識に手が動く。もぞもぞと毛布から手を出し妃は携帯を掴んだ。画面を見ずにボタンを押す。

「…もしもし」
「あれ、寝起き?おはよ」
「……何か用ですか」
「なにそれ、なんで敬語?俺たちの仲じゃない」
「…」
「ちょ、待って!切らないで!ちょっとさー今から学校来てくれない?」
「学校?」
「そ、練習試合あるからさ。妃に観てほしくて」
「はい!?」

ハートが付きそうな語尾に寝起きもあってかイラッとくる。周りには気を配るくせに私には自分の都合ばっか押し付ける。この人はいつもそうだ。

「もう、どうしてそういうこと当日に言うの?せめて昨日言ってよ」
「ごめんって。じゃ、待ってるから」
「あ、ちょっと」

一方的に切られ、携帯を置いた。毛布を顔まで被る。このまま無視をしようかとも思ったが家から学校までそうかからない。
どうせ暇だし覗きに行こう、と妃はようやく起き上がった。



水道の水でじゃぶじゃぶと顔を洗っていると側に誰かが寄って来た気配がした。顔を上げようとすれば置いておいたタオルを渡される。

「すまない」
「どういたしまして」

予想外の声に驚き拭いていたタオルを下ろす。部活の休憩時間だ。高尾だろうと思っていたのに、今の声は女子の声だった。しかも聞き覚えがない。マネージャーではないのか…?
不審に思い目の前の人物に目を凝らせば「…あ、眼鏡?」と眼鏡を持たされた。礼を言いそっと掛ける。私服姿の彼女はにこにこ笑っていた。

「緑間真太郎くん、秀徳に行ったんですね」
「…誰なのだよ。なぜ名前を知っている」
「あ、ごめんなさい。私は」
「おーい」

彼女が話そうとすれば聞き慣れた声が遮り中断する。無意識のうちに緑間は目を細めた。彼女はといえば訝しむ様子もなく声のした方を向く。そして一言呟いた。

「和成」

驚いて彼女の方を見ればやって来た高尾ががっと彼女の肩を掴む。

「妃!久しぶりだな!」
「当日にお知らせはやめてって言ってるじゃん。あと話の途中で勝手に切るのも無し」
「ごめんって。だって練習だったんだもん。仕方ないじゃん?」
「もう…」

はあ、と諦めたように溜息をつく。高尾はといえば何時ものようにテンション高めだった。

「あ、真ちゃん。こいつ俺の親友の工藤妃ちゃん。幼馴染」
「…だから名前を知られていたのか」
「有名人だしね、真ちゃん。つーか中学ん時バスケ部のマネだったから」
「…そうか」

妃はがっと高尾を無理やり剥がすと緑間に向き直った。
タオルや眼鏡に気付く気配りはマネージャーの時のものだろうか。

「こんにちは」
「…」
「真ちゃん?あ、もしかして男女の幼馴染なんてあるわけないとかって疑ってる?」
「それに関しては同じような奴らがいたからな。疑ってなどいない」
「そ。それは良かった。俺たち全然そういうのはないから」
「あの、それなんですか?」
「…へ、」
「ああ、それ。今日の真ちゃんのラッキーアイテム!ぷぷぷ」
「高尾!」
「ラッキーアイテム…おは朝ですか?」
「ああ」
「てか妃、真ちゃんとタメなんだし敬語じゃなくていいよ」
「なぜお前が言うのだよ」
「別にいいっしょ?」

にっと笑顔を浮かべる高尾に溜息を吐く。すると肯定と受け取ったのか「いいって」と妃の頭に手を置いた。
正直、意外に思う。高尾が親友がいるというのは勝手に喋ってたから知っていたがもっと高尾に似たおしゃべりそうな奴かと思っていた。彼女はどちらかといえば控えめな性格に見える。正反対といえなくもない。
帝光での男女幼馴染とはまた違ったタイプだ。
こっちの二人は幼馴染じゃなかったら話もしてなかったかもしれない、と思った。

「んでこれなに?」
「差し入れ。先輩先生方含めてこれで足りる?」
「おお、さんきゅー。…あ、でもこの量真ちゃんが全部一人で食っちゃうわ」
「そんなに食べないのだよ!」

緑間はいつもの調子で高尾に否定の声をあげると妃に哀れんだ目で見つめられた。
いつもやられてるんだ、大変だね。
そう言われている気がした。緑間は理解した。彼女は仲間だ、と。
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