契約成立


「…は?」

黄瀬くんの衝撃的な言葉に思わず声が出る。あの黄瀬くんが、なんて言った?ここは駅のホーム。電車通学の海常生はさっき轢かれそうになった電車に乗って行ったため周りには見当たらない。

「付き合ってる子がいるんだけど。最近合わないんだよね」
「…はあ」
「あとファンの子をファンサービスで優しくしてたら付き合ってるとか勘違いされちゃってるらしくてさ。ほんと、参っちゃうっスよね」
「……それで、彼女のフリをしてってこと?」

そういうのははっきり自分で言いなよ、と言えば意外だったのか黄瀬くんは少し驚いた顔をし、すぐに笑った。でもその笑みは今までの黄瀬くんではなく嫌な感じの笑み。見下されてるような心地になる。
話したことも初めてで関わりがなかったけど私の知っていたにこにこしている黄瀬くんはただの仮面だったんだろうか。

「はっきり言っちゃったら女の子って友達に話すっしょ?話を盛って。モデルやってるからスキャンダルにされでもしたら困るんだよね」
「…彼女いるからって断るなんて二股かけてたって余計にスキャンダルなんじゃないの?」
「フられた奴は自分が遊びだったって認めたくないから二股されてたなんて言わないんスよ」
「ああ、もう経験済み?」
「まあ、モテるっスから」

5分くらいで完全に私の黄瀬くんのイメージが変わった。モテるのは認める。でも、付き合い方が酷い。付き合ってる子をそんな言い方するとか。最初から好きじゃなかったんだろうか。

「ね、お願いしますよ工藤さん」
「…なんで私なの?助けてもらう前から私に頼もうとしたって言ってたよね。今まで話したことないのに…」

聞けば「ああそれは」と返される。あ、もう黄瀬くんの全部が胡散臭く見えると妃は思った。人ってこんな早く印象が変わるのか。

「工藤さんの噂聞いたんだよね」
「噂?」
「中学時代、二股かけてたんだって?」

びくっ、と妃の肩が揺れる。目を逸らす彼女の反応。明らかに動揺しているのが分かる。これは俺の思う通りに動いてくれそうだと黄瀬はにっこりとした。

「ちが、それは…」
「工藤さんなら俺のこと助けてくれるかなーって思ったんだけど」
「……」
「危ないところも助けてあげたしね」

有無を言わせない会話。
高校でもその話が流されているとは思わなかった。高校では知らない人ばっかりだから大丈夫だと思ったのに。でも確かに同じ中学から来た人は数人いる。人見知りなせいもあるだろうけど、中々友達と呼べる人が出来ないのはその「噂」のせいなんだろうか。
ぼんやりと考える。もうそんなこと自分の中では黒歴史だ。周りに流されると凹む。

「…分かった」
「あ、いいの?」
「助けてくれたことのお礼として。なんでもやるって言っちゃったし」
「はは、どーも。んじゃよろしくっス」

番号とアドレス教えとく、とメモを渡される。用意周到なことだ。

「工藤さん…ってのはやめようか。彼女なら妃で」
「フリ、でしょ?」
「そうそう。分かってるね。どこから漏れるか分からないから誰にも言わないでくださいっス」
「…分かった」
「俺に惚れるとかもやめてくださいね。本末転倒だから」
「どんだけ自意識過剰なの」
「とりあえず共犯者ってことで、よろしく」

手を差し出される。共犯者?まあ考えてみれば確かに共犯者って呼べる関係だろうか。嫌なことに巻き込まれた。いや、でも結局引き受けたんだから巻き込まれたとは言えないか。
私は諦めて黄瀬くんの手を握り返した。
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