水浸しストーリー ばしゃっ 校門近くの水道で顔を洗おうとしていると背中から冷たいものがかかる。 振り返れば名前も知らない女子3人。ああ、またですか。 顔を拭くためのタオルも濡れて意味がなくなっているが少しでも、と顔を拭いて睨む。 「いきなり水かけるとか、なにがしたいんですか」 「水ほしかったんでしょ?」 「手伝ってあげただけだし」 「そうそう」 ばしゃっ 笑って楽しむ女子たちに水をかける。タオルがある分こっちが有利だ。 「いい迷惑なんで。お返しです」 「アンタ…!」 「ちょっと!」 後ろから声がかかる。この声は、振り返ると黄瀬くんがなんとも言えない顔で立っていた。 妃の隣に立ち、女子3人を見る。 「なにやってるんスか?これ」 さっきまでの態度とは打って変わって、だいぶ慌てている。 「き、黄瀬くん…」 「こういうことしていいと思ってんの?」 「ただの水のかけ合いだよ〜ウチらだって濡れてんじゃん?」 「そうそう」 「妃の濡れ具合、背中からだよね。後ろからやったんじゃないの」 「えっと…」 狼狽える女子たちに妃は一歩前に出る。 「もういいから。二度とこういうことしないで。今度はお返し、これだけじゃすませないから」 黙っていた3人はそのままなにも言わずにその場を去る。謝らないのか。ムカつくけど少し同情もする。黄瀬くんが来たこと。多分黄瀬くんファンなんだろうけどこれからはちょっと話すこともしにくいだろう。 今の黄瀬くんの顔、本性丸出しで怖いし。 いや、助けに来てくれたんだからあの人らに同情するのもおかしいんだけど。 「黄瀬くんありがとう」 「…なんで逃がすんスか」 「お返しはきっちりしたし。あとその顔見てみなよ。今までファンに見せたことない顔してる」 「誰っスか?いまの」 「え…見覚えはあるでしょ」 「ない」 「あっ、そうなんだ…」 言い切る黄瀬くんに思わず苦笑いが漏れる。うわ、怒ってる。すごい怒ってる。 「つーか、その恰好どうにかしなきゃね」 「大丈夫。冷たいけどそのうち乾く」 「そーじゃなくて」 「ん?」 「…背中、透けてるっスよ」 目線を反らして言う黄瀬くんにはっとなる。 キャミも着てるけどどうなってる!?どこまで見えてる!? 流石に慌てる。顔が熱い。たぶん真っ赤だろう。「とにかく、部室使わせてもらおう」と手を引っ張れる。 いつもなら大丈夫だと言ってその場を去るだろうが妃も動揺していた。促されるままついていく。 「…オレのタオルで良かったら。朝練で使っちゃったんスけど」 「全然。ありがとう」 「えーっと、あ、カーディガン着る?ロッカーに置きっぱなしのが」 「うん。ありがとう」 どうしよう、妃が固まっちゃってる。 透けてるって、はっきり言わない方が良かったかもしれない。けど言わなきゃ教室戻っちゃいそうだったし。オレも慌てたし。ごそごそロッカーを漁りながら考える。 水をかけられているのは廊下の窓から見えた。走って止めようとするとまず妃が反撃に出ていたことに驚く。3対1にも関わらず。東京の高校に通っている彼らを思い出す。無謀だけど許せないことがあると突っ走っちゃう人は自分の周りに多いらしい。 ていうかハダカ見たわけでもないのに動揺しすぎ。童貞かよ。 いやでも周りに見られるの嫌だし。目の前にこんな子いたらウワサなんて男はどうでもいいだろうし。あー、ウン。無理。見せられない。 幸い部室に誰もいなかった。レギュラーメンバーはともかく海常は部員数が多い。誰かにばったりするんじゃないかと思ったけど大丈夫だった。 「妃、バカっスか?オレが来るまでもうちょっと待っててほしかったんだけど」 「えっだってムカついたから」 「良いとこなくないスか!?あれじゃ勝手に出てきただけじゃん!てか一人だけだと更にエスカレートするかもだし」 「私怒ったらそんな冷静になれないし」 「…まぁ、アンタ意外と頭に血がのぼるの早いことは知ってるけど」 北校舎でのことを思い出す。 黄瀬の悪口を言ってる男子にも割り込んでフォローするとか。今考えても無謀すぎだ。 「昔は溜め込んでたから、今はすぐに行動するようにしてるの」 「それは分かった。もうなに言っても無駄そうだし。けどせめて助けるくらいはさせて欲しいっス」 「…」 驚いたように黄瀬を見上げる妃。あ、上目づかい。 黄瀬サイズのカーディガンは妃には大きくて実際やることがあるとは思わなかった。撮影でそういう大きめのものを着ている人は見たことがあったけど。 実際自分のを着させるっていうのはただ大きめのものを着るっていうのよりやっぱり違うものがある。着ている「人」も。 「黄瀬くんにはもう助けられてるよ」 「だからあれじゃ意味ないって」 「そうじゃなくて。精神的に?」 笑う妃に言葉が出なくなる。 嬉しいっちゃ嬉しいけど。いつも彼女は守らせてはくれないのだ。 「タオルもカーディガンもありがと。洗って返すね」 「…ドウモ」 |