三日月を飲み込む


「工藤さん?」
「…あ、」

帰り際、下駄箱から靴を取り出すと声をかけられる。顔をあげればこの前肉離れを応急処置した男子だ。部活へ行く途中なのだろう。荷物を持って通りかかった途中見かけて声をかけたようだ。思わず声をかけたがその後どうしようか考えてなかったのか目が泳ぐ。妃は特に気にした様子もなく男子へ向き直り話しかける。

「…肩、どう?」
「あ、うん。おかげさまで…あれから違和感もない」
「そっか。良かったね」
「ありがとう」
「ううん、勝手にやったことだし」
「いや、助かった。工藤さんのおかげで痛かったの最初だけだったし」
「そう?」
「……」

妃の笑った顔に驚き男子生徒は目をそらす。妃は男子生徒の変化に気付きしまった、と息をのんだ。そうだ、あんまり話してるところを見られるとマズイ。彼は気付いてないが私たちをなにを話してるんだろうと見ている人もいる。この人にも変な噂がついてしまう。そろそろ帰ろうと「じゃあ」と挨拶すると「あ、ちょっと」と呼び止めれられる。

「えーっと…工藤さんこそ、大丈夫?」
「え?」
「ほっぺ、どうしたの?」
「……ちょっと擦りむいて」
「あっ!俺バンソーコー持ってるよ!」
「大丈夫だよ。ガーゼつけてるし」
「あ…そ、そうだよね」

あはは、と苦笑いをする。多分ずっと気になってたんだろう。最初に声をかけてしまったのはこれを見たからかもしれない。妃はどうしようかと考えながらにっこり笑って話をそらした。話すと長いしこれ以上話してると誰が見ているか分からない。下駄箱だし人通りがある。というか、彼の後ろでこっちを見てる人物が怖い。妃は冷や汗をかく。これは…黄瀬君は、確実に、「早く帰れ」と目で訴えてる。というかすっごく睨んでる。

「私、そろそろ帰らないと」
「うん、ごめんね引き留めて」
「こちらこそ。部活頑張って」

手を振りながら小走りで離れた。






『なに話してたんスか?』
「この前のお礼を」
『ずいぶん楽しそうだったけど』
「そう?」

校舎を出た途端電話が鳴った。画面には黄瀬くんの文字。怒られると思いながら通話ボタンを押せば案の定怒り気味だった。

『……あいつもっと話したがってたように見えた』
「まさか、それはないよ。私の噂全校生徒に広まってるんだから」
『嫌ってる奴にバンソーコーとかあげようと思う?」
「お礼ってことだよ」
『ふうん』

不満そうに返事をする黄瀬。ていうか、絆創膏のこと知ってるってことは私たちの会話聞えてたんじゃないか。電話越しにジト目になる。意地悪い人だ。

『これからはもっと気を付けてくれない?』
「分かった」
『それに。これ以上妃に変な噂ついたら俺もアンタに遊ばれてるんじゃって噂にもなりかねないし』
「……」
『(あ、)』

軽口をたたくが妃が急に黙り、言い過ぎたと気付く。電話だとイマイチ相手の反応が分からない。弁解しようにも余計変な空気になりそうだしどうしようかと慌てる。しかし、「ねぇ」と口を開いた妃の声音は明るくほっとする。

「心配してくれてたの?」
『は?』
「私最初から黄瀬君に変な噂つくから怒ってるのかと思ったけど、私の心配してくれてたの?」
『……!?』

余計なことを言ってしまった。確かに、心配して電話したのは自覚があった。付き合ってきた女の子はみんな黄瀬以外見向きもしてなかったし誰かの女になっても別に嫉妬はしなかった。つーか引き留めるぐらい好きじゃなかった。他には中学のマネージャー、とか。けどその子には元から好きな男いたし…
今までの経験からしてまともな嫉妬というのは初めてなのかもしれない。
さっきは電話だと反応が分からなくて焦っていたが今ははっきりと妃の反応が分かる。この女、絶対笑ってやがる…!

「ありがとう、涼太」

ガシャンッ

人前以外では呼ばれることのなかった名前を呼ばれ、思わぬ不意打ちに携帯を取り落した。


三日月を飲み込む/tiny
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