本末転倒 昼休みに北校舎に来るよう連絡が入っていた。もちろん黄瀬くんからだ。また新しい女の子に飽きちゃったのかな、とあと数十分でやってくる昼休みを思い憂鬱になった。 言われた通り北校舎へ向かい黄瀬がいる部屋を探す。背中を向けていても彼の髪は目立つ。髪の色だけじゃなくても彼だと分かるだろう。そこはやはりモデルだ。ドアを開けるとこちらに気付き、振り向いた。 ぱっと目が合い、顔を顰められる。なんだと思うと低い声で呟いた。 「その顔なに」 「え?」 「それだよ、それ」 睨むような目つきで妃の顔を指差す。今、妃の左頬にはガーゼが貼られている。患部は大きくなく大したことはないが仰々しく見える。そういえばこうなってから黄瀬くんと会ったの初めてだっけ、と思い出す。 「大したことないよ」 「どうしたのかを聞いてんだけど」 「…ちょっと、言い争いを」 「言い争いっていうのは手は出さない口論のことを言うんスよ」 「ううっ」 「…誰かにやられたんスね?」 「別に、黄瀬くんが構うことじゃないよ」 そう言えば更にむっとされる。つかつかと靴を鳴らして近寄りガーゼが貼られた頬を包むように触れる。 「構うことでしょ。それ、俺のせいで」 「…黄瀬くんと私が仲良いからとかじゃなくても、元から意見が合いそうにない人だったから」 だから黄瀬くんが責任を感じる必要はない。そう言っているのに黄瀬くんの表情は曇ったまま。中谷さんとはどうにも仲良くなれる気がしないのだ。だから、気にしていない。というか、黄瀬くんは関係ない。 二股していたという噂は予想以上に広まっていて、主に流したのが中谷さんたちだと分かった。最初に言い出した人は私と同じ中学の日だろうが、その後、それを学校全体に広めた人物は彼女だ。今日の二時間目は先生の体調不良で自習だった。中谷さんは端の席の私に聞こえるぐらいの大きさで「私が広めた」と公言した。とりあえず黄瀬くんの「彼女」である私の悪いところが欲しいんだろう。それにはこの噂は最高のエサだ。楽しそうに声にする中谷さん。 私も人間だ。そして良い人間でもない。流石にムカついた。 「そんなことして楽しい?」 女子というのは面倒な生き物で団体行動が大好きだ。仲間が責められていたらフォローに入る。彼女といつも一緒にいるトモダチが、中谷さんを批難する私を「調子に乗んな」と引っ叩いた。授業中は眼鏡をつけているため叩かれた拍子に眼鏡が落ちる。あ、と思うが手は反応出来ず。落下している眼鏡に視線だけ追いつけた。床に落ち、割れる。そのフレームの硝子が飛び散り、頬をかすった。不運なことに視線だけ追いついていて俯いていたから当たってしまった。 事故といえば事故。だが、叩かれてそうなったのだから事故と素直に片付けられない。関係ない周りの人たちが一番の被害者だと思う。本当に申し訳ない。 要するに、黄瀬くんは全然関係ないのだ。 「女子が顔に怪我しちゃ駄目っスよ」 「モデルが怪我する方がいけないと思うけど」 「…一応心配してあげてるんだけど。そういうこと言わないでくれる?」 「この前黄瀬くんの家でフった彼女に叩かれても、心配どころか早く帰って欲しそうだったじゃん」 「あの時は…」 「あれくらいの気持ちでいいよ。私に構ってたら、余計面倒なことに巻き込まれちゃうかもしれないし」 彼女と別れること、しつこいファンを遠ざけるごたごたが面倒で付き合っているフリを始めたのに、その相手のせいで面倒に巻き込まれたら本末転倒だ。 言い切れば都合よく、予鈴のチャイムが鳴った。もうすぐ五時間目が始まる。 「そろそろ戻らないと。呼び出し、なんの用事だったの?」 「あ…ああ、前にアンタが脱臼して助けた一年が礼言いたいって。今日、時間あったら放課後来て欲しいって伝えてくれって」 「そんなのいいのに。っていうか、友達になったんだ?ザマミロって見てたくせに」 意外、と驚くと黄瀬は「ざまあとは思ってないし」とむくれる。ただ、俺が彼氏だから伝言を頼まれただけだと。 「まあ、今日は用事があるらしいって伝えとく。妃はさっさと帰って」 「え?今日大丈夫だよ」 「怪我してんじゃん。別に礼なんていつでもいいし。つかお礼するったのに相手に来させるっておかしくね?」 言いながらそのことに気付き、ムカついてくる。なに部活ついでに礼言おうとしてんだよ、と。妃は嫌味を言われるとか後先考えず助けたっていうのに。 「部活で忙しいんだよ」 「休み時間がある」 「私には噂があるし。話してるところあんまり見られたくないんだと思う。部活での方がいいよ」 苦笑いを浮かべる妃にまた黄瀬は違和感を持つ。なんなんだろう、この表情は。 妃は腕時計を見つめそろそろ戻らなきゃと踵を返す。 「…じゃあ、今日は黄瀬くんのお言葉に甘えて体育館には寄らずに帰るね」 じゃあ、と返事をする間もなく教室を出て行く妃。自分も戻るかと一歩踏み出し、突然思い出す。 「モデルが怪我する方がいけないと思うけど」 「…一応心配してあげてるんだけど。そういうこと言わないでくれる?」 「この前黄瀬くんの家でフった彼女に叩かれても、心配どころか早く帰って欲しそうだったじゃん」 「あの時は…」 「あの時、は………?」 あの時は妃の言った通り早く帰って欲しかった。途中で家に上がらせたことに後悔したのだ。居座られたら困る。近くのファミレスかどこかにすれば良かったと。ぶたれたことなんてこれっぽっちも心配していなかった。 じゃあ今は? 伝言を伝えるために妃を呼び出し、怪我をしていた妃に驚いた。やった奴は誰だと腹を立てた。黄瀬くんのせいじゃないと言った妃にムカついた。 あれ…?伝言なら呼び出さないでただ連絡すれば良くね? なんでわざわざ?顔が見たかった、とか。……まさか、と口をおさえる。 気付いた事実に、驚愕した。 |