ついてきて 海常高校バスケ部は強豪校として有名である。スポーツ推薦で入学した生徒も多い。 しかし、初心者だってもちろん入部することもある。なかなかボールにも触らせてもらえない新一年生。今年は特に、同じ一年でスタメンになった黄瀬涼太がいる。尚更憂鬱に感じるだろう。午後練の時間が始まってすぐ、事件は起きた。 「いっ、−−−!」 静かな悲鳴と周りのざわつき。スタメンのみの練習を行っていた黄瀬は周りの異変に気付き声があった方へ顔を向けた。どうやら新入部員が転んだ拍子に肩を脱臼したらしい。 キャプテンの笠松が「おい、大丈夫か!」と脱臼し痛みに耐えている部員の元へ駆け寄る。しかし痛みで喋れないらしい。他の部員たちも黄瀬目的で見に来ているギャラリーたちも黙って見ているしか出来ない。 「おい、監督呼んで来い!」 「駄目です!さっき今日は遅れるって連絡が!」 「はあ!?んじゃ、保健室から先生呼べ!今すぐ!」 「分かりました」 走って体育館を出ていく他の一年部員。入れ違いのように黄瀬は笠松と倒れている部員に近付いた。顔を見れば高校からバスケを始めたという男子だった。自分がスタメンになれるとは思ってなくても、すぐスタメン入りした自分は面白く思われてなかった。黄瀬は倒れている一年を見下げる。身体もろくに鍛えずに投げようとするからだよ。ひっそり思う。 「……っ」 「大丈夫だ、すぐに先生を連れて来る」 笠松が励ますと「どいてください」と声がした。男ばかりのコートに女子特有の高い声が通る。初めて部活を見に来ていた妃だった。いつの間にかギャラリーから降りてきたのか。いや、今はそれよりも… 妃は倒れている部員を支える笠松の隣に屈み込んだ。女恐怖症の気がある笠松は慌てる。しかし妃はそれには気付いてないのか外れた肩をじっと見つめていた。 「妃?なにを…」 「……前方脱臼ですね。大丈夫です、ちょっと失礼します」 ぐい、と持ち上げ迷いのない手つきで動かす。すると治ったらしく痛そうに歪んでいた顔つきが和らいだ。 「…痛くなくなった」 「妃ちゃん、魔法使いかなにか?」 茶化してるのか真剣なのか分からない質問をする森山に苦笑いをもらす。 「私、中学でバスケ部のマネージャーだったので。名残りみたいなものです」 「ええ!妃ちゃんてマネージャーだったの!?」 確認するように黄瀬を見るが初耳だったらしい。同じように驚いているようだった。多分、高校生になってマネージャーだったことを話したのは今が初めてだったんだろう。 「はい。なので一応ちゃんとした知識の元です。でも、保健の先生が来たらちゃんと診てもらってください」 おお、と小さく歓声がわく。妃は勝手に入って来てしまったことを思い出したのか慌てて「あの、すみません勝手に。戻りますね!」と戻ろうとした。 咄嗟に、黄瀬はその腕を掴んだ。 「え?」 「ちょっと待つっス」 凄んだ目で言われ目を見開く妃。ギャラリーではなく廊下に続く道に連れて行かれ、先生が来るのに勝手なことしたかなと慌てる。黄瀬くんからすれば私は部員の人たちに知られておきたくないだろう。森山先輩と話しているときもどこか変だったし。でも痛そうにしてるのを黙って見てられなかったのだ。こればっかりはなんとも言えない。 「謝らないよ」 「はあ?謝らないって、なにを」 「え?」 眉を顰める黄瀬くんに驚く。え、そのことでギャラリーじゃなく廊下に連れて来られたのかと思ってたけど違うのか。 「目立っちゃったから怒られるのかと」 「あんた俺をどんな奴だと思ってるわけ?」 「自業自得だ、とか思ってなかった?」 「………」 図星を突かれて黙ってしまう。確かに思わなかったわけじゃないけど。人にそう言われるとムカつく。 「今日はこのまま帰って」 「え?……分かった。じゃあ戻るね」 体育館へ戻ろうとすればまた腕を掴まれる。え、なんで? 「どうしてこっち連れて来てやったのに戻るんスか…?」 「だってカバン置きっぱなし」 「そんなの後で持って帰ってやるから」 「ええ?いいよ、弁当箱とか洗わないといけないし」 「だからぁ」 誰もいないからかイライラした表情を隠そうともせず話す。結構単純でバレちゃいそうだと密かに思う。 「あそこで戻ったら他の子に色々言われるっしょ」 「え?」 「出しゃばってるとか、マネージャーだったって自慢だ、とか」 「……黄瀬くんが私をそう思ってることはとりあえず置いとく。…ありがと」 「は?」 「面と向かって言われないようにこっちに連れて来てくれたんでしょ?」 そう言うと黄瀬くんは目を見開いて固まった。 特に考えずにこっちに連れて来たけど考えてみればそういうことでもあるのか。妃に「優しいとこもあるんだね」とからかわれ更に居心地が悪くなる。誤魔化すように話題を変えた。 「つか、マネージャーだったとか初耳」 「言ったら勧誘とかありそうじゃん。特に春」 「…まあ」 「バスケ好きだけど、高校ではやらないって決めてたから」 「決めてた?」 「…うん、決めてた」 ていうか練習を観に行くとかもないと思ってたんだ、と笑われる。その笑いになにか引っかかった。 「…黄瀬くん、ありがとう」 「……別に。こっちも監督いなくて助かったし」 顔を逸らしつつ話す。合わせることはないと思ったのかそんなのお構いなしなのか妃は「じゃあ、カバンよろしくお願いします」と言って体育館とは逆の方向へ歩いて行った。黄瀬は角を曲がって見えなくなるまでなんとなくその姿を見つめる。 ……なんか、調子狂うんだよな。 |