染み込む


「あれ、君って黄瀬の…」
「こ、こんにちは」
「見に来たの?黄瀬まだ来てないよ。工藤妃ちゃんだっけ…一年だよね?」
「はい。どうも」

黄瀬くんに部活を見に行くとクラスの人たちの前で話していたのにまだ見に行っていなかった。
「来ないの?」とメールで催促されていた妃は時間を見つけてやって来た。この前秀徳の練習試合を見に行って、なんだか行った気になってた。
秀徳の強さは凄かったけど海常だってキセキの世代の一人を獲得出来た強豪校だ。強いんだろう。その海常のユニフォームを着てるこの人はきっと選手だ。緊張してることに気付いたのかにっと笑ってくれた。森山先輩というらしい。

「あ、ギャラリー行かなくていいよ。上よりこっちで見るほうが迫力あるだろ?」
「いいんですか?」
「妃ちゃんとは話してみたかったんだ。有名人だし」
「…どうも」
「ま、君みたいに可愛い子なら遊ばれても俺は」
「なんの話ですか」

溜息混じりに言えば先輩は驚いた顔になった。あ、先輩になにしてるんだろう。慌てて謝れば「いや、いいよ」とフォローされた。

「なんか妃ちゃんってイメージと違うな」
「そうですか」
「うん。俺は実際のが好きだな」
「…ありがとうございます」
「ぷ、なんで顔しかめてんの」

ははは、と笑われる。だって!普段誰とも会話しないからこんなに話して緊張してるっていうか…褒められ慣れてないから!
森山先輩に戸惑っていると後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

「先輩、いくらなんでもコートに女の子連れて来ないでくださいよー」
「なに言ってんだ。よく見ろ」
「はい?…えっ、妃…来たんスか…」

私の顔を見ると黄瀬くんは予想外だったのか目を大きくして慌てている。彼に会うのは昨日の北校舎ぶりだ。考えてみれば今まで二日連続で会うことはなかった。「今日まずかった?」と聞けば「ち、違う…!」と少し強めに言われる。

「そうじゃくて。なんで急に来るんスか。メールで報告くらい」
「ごめん」
「…別に」

ふい、とそっぽを向かれる。どうしたんだろう。今日なんか黄瀬くん変だ。部活の先輩の前だからかな。やっぱり今日来るのまずかったのかな。
不思議に思っていると森山先輩が黄瀬くんをぐいっと引っぱり隅に連れて行った。

「ちょ、なんスか!」
「しーっ。…妃ちゃんと付き合ってどのくらい?」
「は?」
「何ヶ月くらいかって聞いてんだよ」
「……一ヶ月くらいは…」
「へええ。お前が惚れたの?」
「はあ!?」
「大きい声出すなよ。妃ちゃん見たときのお前、嬉しそうだったぞ」
「…そんな馬鹿な」
「は?」
「あ、いや…そ、そうっスね。今まで来てくれなかったんで驚いたっていうか」

誤魔化すと森山先輩は「ふーん」と適当に相槌を打った。黄瀬の肩に腕を回し更に聞こえないように配慮する。先輩、さっきから顔がにんまりしてて正直キモい。

「百聞は一見に如かずだな、妃ちゃん全然良い子じゃん。可愛いし」
「…気に入ったんスか?」
「驚いた。お前も嫉妬するんだな」

からかうように「そういうことじゃないから安心しろ」と背中を叩かれる。先輩が大声出してんじゃないスか…。
とはいってもそれより前の会話を聞いてなかった妃は不思議そうにこっちを見てるだけだった。それにほっとする。
ていうか、嫉妬?
さっきから先輩はなにを言ってるんだ。妃を見て言葉に詰まったのは昨日のことがあったから。それだけだ。惚れるとか有り得ない。

「妃ちゃん、そろそろ練習始まるみたいだし行くね」
「あ、はい。頑張ってください」

森山先輩を見送る妃。…なんか仲良い?先輩を見送ると今度は俺の方へ振り返りきょとんとした顔で口を開いた。

「黄瀬くんは行かなくていいの?」
「……いま行くっスよ」
「そっか」
「てか、誰が見てるか分かんないし学校では名前で呼んで欲しいんスけど」

そう言えば彼女ははっとした顔をした。慌てて「涼太」と呼び始める。すげえ言わせてる感。

「やっぱり上で見ることにするね。邪魔だろうし」
「確かに目障りっスね」
「……。が、頑張ってね涼太」

間があってからの引きつった笑み。考えてみればこいつのこんな態度もなかなか見ない。
黄瀬は妃に向かってにやりと笑い頷いた。
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