うまく笑えてないのは自覚してる


「こんなところに呼び出して。なんのつもりだい?」
「分かってますよね?赤司君」
「さあ。分かってると思うが、あと少しで練習相手の到着時間だ。手短かに頼むよ」

ふっと笑う赤司に黒子は視線をぶつける。元から読めないような人だけど、今回の件は本当に読めない。朱音のことになるとただの人になる。それが人間観察が趣味の黒子の赤司への認識だった。しかし、無理をしているようにも見えない。新しい彼女となにか企てる様子もなさそうだ。この変わりように誰もが気味悪さのような違和感を覚えている。

「…ボクがとやかく言うことではないかもしれません。けど言わせてください。最近朱音さんと離れて彼女を作って、赤司くんはそれでいいんですか?」
「いいって、なにが?」
「あんなに朱音さんのこと」
「あの関係をやめようと言ってきたのは朱音の方だよ」
「そうです。ボクも相談されて朱音さんに助言しました」
「ただの他人に戻ったんだ。もう関係ないだろ。まあ、元からフリだったけどね」
「赤司君!」

怒鳴り、赤司に詰め寄る。普段の黒子からすれば異様な昂りだ。しかしそれにも赤司は表情を変えない。ただ静かに黒子を見る。面倒だ、という表情にさえ見える。

「お前はどうしたいんだ?テツヤ」
「は、」
「朱音に助言をして、今おまえと恋人ごっこをしているんだろう」
「っ、キミがごっこというのはやめてください!」
「結局のところ、お前は朱音が欲しかった。満足したんだろう?」
「その『目』を持っていることを抜きにして、朱音さんを一番よく見ていたのは赤司くんでしょう?彼女はあのとき限界だった。キミが分からなかったはずない」
「…分かった。本心を伝える。朱音には興味がなくなった。それだけだ」

ガタン
物が落ちる大きな音がする。数秒して、扉が開いた。黒子は息を飲む。そこにいたのは朱音だった。足元には重量付きのリストバンドがいくつも入ったカゴが倒れていた。
聞かれていた。どこから。たった今だとしても赤司の最後の言葉は聞こえていただろう。朱音の表情は固い。黒子はなによりショックだった。赤司の本心。もちろん彼ならそこに彼女がいたことも分かっていただろう。その上で、口にしたのだ。


「っ朱音さん!」

扉を開けてから固まっていた朱音は急に動き赤司の首元を勢いよく掴んだ。その目には怒りが見てとれる。

「あんたっ、誰!」
「え、」
「…ほう?ようやく気付いたのか」
「征十郎はどこ」
「お前の目の前だ、朱音」

微笑を浮かべた赤司。その顔を見て朱音は深く息を吐き手を放した。
冷静になれ。気付いてしまった。

「…質問を変える。征くんはどこ」
「……その質問は難しいね。位置情報を伝えらるものではないから」
「っ、やっぱり」
「どこかで違和感はあった?」
「うん」
「ま、待ってください。どういう」
「悪いが席を外してもらえないか。朱音と話がしたい」
「…分かりました」

久しぶりに赤司と朱音が話をしている。話の内容は分からない。うっすらと可能性は見えてきたが、そんな小説のようなことがあり得るのだろうか。気になるところだがここはふたりにするべきだろう。黒子は黙って部屋を出た。

「征じゅ」
「僕に朱音はいらない」
「っ、」
「彼女のフリの前に幼馴染もいらない。寧ろ分かったような顔をされて嫌悪すらある」
「…随分とはっきり言う性格なのね、アナタは」
「これも赤司征十郎だよ」
「…征くんは?伝えられるものではないってことは、アナタのどこかにいるの?消えっちゃったとかない…よね」
「然るべきときに戻るんじゃないか。僕にも分からない」
「…そう。一応どこかに『いる』んだね」

心底ほっとする朱音に赤司は眉を寄せた。
少し元気を取り戻したらしい。強張っていた表情が緩んでいく。しかしまだ声は沈んでいた。
今の赤司にとって、自分たちのことを朱音に話す予定はなかった。嫌悪感を抱いていたからもある。実際話してみると面倒ではなかった。だからか溢してしまう。

「あたしのせい?それとも、みんなのこと?」
「…すべては主将として、選手としての重荷。あいつは朱音といることでなんとか落ち着いていた。それが崩れて、限界がきた」
「あたしと話してるときに入れ替わったんだ」
「ああ」
「そう」
「僕はお前が嫌いだ。だから心配されるのも気に入らない」
「…分かった」
「案外物分かりが良いな」
「…いま滅茶苦茶混乱してるよ?でもアナタにとってあたしは確かに幼馴染でもないし他人だし嫌いなら寧ろそれ以下なんでしょう?今アナタがやってることは征くんではないって思ったらちょっとすっきりした」
「言っておくが元はあいつも僕と同じ考え方だ。考え方が甘い」
「…それでも、やっぱり違うよ。征くんとアナタは」

久しぶりに笑ったような気がする。
色々ありすぎて麻痺してるのかもしれない。今日知ったことは最近の中でも凄い事件だけどあまり驚かなかった気がする。征くんにまた会える保証がないことは考えないようにして、彼がギリギリの状態で部活を支えていたことに気付けなかったことを後悔して、目の前にいるのは別の赤司征十郎だということを受け止める。
あたしが好きなのは征くんであって、彼ではない。彼女と一緒にいるところを見るのは辛いだろうがどうしようもない。彼の自由だし彼女のフリでもない本物の彼女は嬉しそうにしてる。なにも言えるはずがない。彼はあたしが嫌いだと言う。けど、こうして少し話をする。それだけで充分だ。

「征十郎」
「…」
「え、無視!?」
「ああ、呼んだのか」
「征くんではないけど征十郎だもんね」
「…で、なんだ」
「呼んだだけです」

はあ、と強めに溜息をつかれる。うっとおしいんだろう。
赤司の姿で冷たい態度を取られるのは正直キツイものがある。幼馴染だから、優しくしてくれてたんだなあ。

「時間だ。もう行くよ。彼らの面倒を見なくてはならないからね」

視線も合わせずに出ていく赤司。
朱音も落としたカゴを拾う。
現状維持でいい。征くんではないから告白はできないし、征十郎と彼女もあのまま。黒子くんには、フリをやめてもらおう。実際、口約束くらいでやってることは今までと同じだったけど。どうしたらいいか分からないけど、仕方ない。みんながギスギスしてるのが落ち着いた頃、なにか変わるかもしれない。とにかく部活の仕事をしっかりやることが大事だ。朱音も次の仕事がある。カゴを片付けて部屋を出た。
今は、数十分後の練習試合に集中だ。

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