傾く足場


「朱音っち!」

黄瀬に呼ばれて足を止める。振り返れば慌てた様子で駆け寄ってきたところだった。朱音は彼らの言いたいことを理解した。ああ、黄瀬くんもか。

「赤司っちとなにかあったんスか?」
「なにかって?」
「赤司っちの様子が変だなって思って。いつもと違うっていうか、目が笑ってない」
「それはいつものことだよ」
「それはそうなんスけど…」

腑に落ちない様子の黄瀬に心の中で溜息をつく。今日何人目だろう。青峰でさえ気を遣ったのか「なんか赤司おかしくね?腹でも壊してんのか」と聞いてきた。その度にあたしは「会ってないから知らない」と答えていた。
そう、会ってないのだ。二人きりで話したあの日から会ってない。だから征十郎の様子を聞かれても答えられない。どんな風におかしいのか分からない。けど、会いたくない。見たくない。

「喧嘩でもした?」
「…してない。けど、心当たりがないわけじゃない」
「やっぱ朱音っち絡みスか。心当たりって何?だいぶ怖かったんスよ。朝の赤司っち」
「…ちょっと、ね」

思わず顔を逸らす。心配そうに聞いてくれる黄瀬くんに思わず話しそうになったけど黄瀬くんはあたしと征十郎の本当の関係性を知らない。相談できない相手だ。
ふりが終わっても今までの関係がバレたら周りになにを言われるか分からない。
彼女のふりが終わった。これは良いことであるはずなのに清々しい終わり方じゃなかった。罪悪感に似たもやが渦巻いている。あの日を思い出すたびにショックをうける。今まであんな目で見られたことはなかった。特に最後の征十郎の言葉。嫌に耳に残った。考えたくないと思っても理解してしまう。彼のしようとしていること。

「(言いたいけど言いたくない…)」

誰かに聞いてもらいたいけど話したくない。事情を話した後、そのことについてなにか言われるのが嫌だと思うのだ。一年間も彼女のふりは必要なかったのにそのままでいたのはきっと本音じゃ嫌がってなかったのだ。もう必要ないと否定されるのが嫌だったのかもしれない。考えないようにしてこの状況を引き伸ばしにしたのだ。
告白されてから同じことをずっと考えてる気がする。けど、全部征十郎についてだった。告白の答えはもう出ている。ただ、わざわざ返事をしに行く元気もない。

「もしかして別れた、とか?」
「え、」
「そうなんスか?」
「…」

これ以上一人で抱え込むのは具合が悪くなりそうだった。でも、これを打ち明けられるのは一人しか思い浮かばない。

「ちょっといいですか」

いきなり声がして肩が跳ねる。黄瀬も同様に驚いていた。いつもの声音より低く響く彼の声。けど、予想していた。絶対来るって。打ち明けられるたった一人。

「黒子っち」
「お話があります。来てもらえすか、朱音さん」
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