強制終了しましょうか


「彼女のフリはもうやめたいと言いたいのか?」

凍てつくような視線を受けて言わなきゃ良かったと後悔する。
黒子くんからアドバイスを貰い征十郎にいつ話そうか機会を窺っていたけど誤魔化し方が下手すぎた。自分でもびっくりの大根演技。そんなあたしの様子に征十郎が変だと感じないはずもなく。放課後の部活前。人が出払ったロッカールームに連れ出された。こんな関係はよくないと分かっているのにいざ彼を目の前にすると言うのが怖いと思ってしまう。言ったら、征十郎はどんな反応をするんだろうと思ってたけど意外と冷静に聞いてくれた。彼はベンチに腰掛けてじっとあたしの話を聞いてくれた。

「『彼女』という肩書きが欲しかったのか?本物になれると分かった途端行動が早いことだ」
「ち、ちがうよ」
「何が違うんだ」
「まだ返事は決まってないよ。けど、征十郎とずっとフリを続けてるわけにもいかないって告白されて再認識した…というか」
「…」

目を合わせられず座っている征十郎の足元を見つめる。それでも突き刺さる視線に足の感覚がなくなる。前言撤回。征十郎は冷静でもなんでもない!こわっ!めちゃくちゃ怒ってる!!

「お前は了承したはずだ」
「もうあの子たち来てないよ?それに、黄瀬くんが入ってからはそんなの意味ないよ」

モデルもやっている黄瀬くんがいればバスケをよく知らない女の子だって練習や試合を観に来る。彼女のフリをして人気をなくすというなら黄瀬くんに「彼女」を作るべきなんじゃないかと気付くがそれを言って征十郎に肯定されるのはなんだか嫌だった。

「別に悪いことじゃないと思う。きっかけがなんにしろそれでバスケ詳しくなる子も絶対いるよ」
「……根本的に間違っているのは俺の方だというのか」
「そうじゃなくて」
「いい。黒子からも言われてたことだ」
「黒子くんから?」

黒子くんの名前に反応すれば更に目つきが鋭くなる。慌てて顔を逸らす。カタ、とベンチが動く音がしたと思えば征十郎が目の前に迫っていた。驚いて慌てて後ろに下がればその分近づかれて壁に追いやられる。征十郎の手は私を挟んで壁につき、逃げ場をなくされる。これは、非常にまずい。

「征十郎…だから…こういうのはやめて」
「なぜだ。今まで何度もキスしたのに純情振る気か」
「…今までのがおかしかったの。付き合ってもないのにフリでもキスしてるなんて」
「よく言う」

こんなに近い距離にいるのにあたしも征十郎も、お互いに呆れている。こんな関係終わらすべきなのに今の状況にドキドキしてしまっている自分が憎い。嫌だ。こんなのは。付き合ってるフリを了承したとはいえ抱きしめられたり、キスしたり。やってることはフリでもなんでもない。自分たちが自分たちを騙してるようなものだ。こういうことをするなら、きちんと…−−−

「分かった。朱音がそこまで言うならやめよう」
「…本当?」

征十郎は壁から手をはなし「ああ」と頷いた。まるで今日の練習のメニューを確認したときのような返事。しかし、やめると言った征十郎にほっとする。ようやく折れてくれたんだ。
息をついた朱音に一瞬眉を寄せる。その様子には朱音は気付かなかった。タオルと飲料水を持ち、征十郎はロッカールームを出ようとドアを開いた。去り際に独り言のように呟く。

「新しい『彼女』を作ればいいだけだ」

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