「ねえ名前」
「なに、」
「良い加減勉強するのやめてくれない?」
応接室は風紀委員のためのものだよ、応接室として使われなくなったこの部屋に対しての嫌味だろうか。私はカリカリと文字を書く音を響かせていた手を止めた。
「…風紀委員じゃない私をここに呼んだのは誰」
「僕だよ」
「じゃあ帰る」
「なんでさ」
ノートやら片付け始めた私に慌てた声を出す。手を休めずに言った。
「いまテスト前だよ。もう部活だって活動停止期間なのにここで何もせず過ごすなんてするわけないでしょ」
「何もしないことはないよ。僕の相手をしてくれれば良い」
言っておくが相手というのは雲雀の大好きな戦いのことだ。
私に興味を示したのもそのせい。
ちょっと射撃のセンスがあるからって並盛最強の彼に敵うわけもない。毎回どうにか戦わずに逃げているがいつ無理やりにでも襲って来られたらどうしようと内心ヒヤヒヤとしてたりする。
「雲雀なら分かるでしょ。私なんか歯が立たないよ」
「でも必死に銃をとる君の姿を見てみたい」
「そんな暇あったら勉強するわ」
「駄目。帰さないよ」
少し目を離している隙に私に近づいて来た雲雀は逃がさないとドアをおさえた。ドアの目の前だった私は仕方がなく振り返る。
「手を退けて」
「やっと僕を見た」
「さっきから見てたじゃない」
「目を見なかっただろ」
ドアに手をついていない方の手で私の髪を触る。その手は乱暴に扱うのではなくちゃんと加減をしている優しい手つきで、放してと言うのを忘れてしまう。
「名前は良い匂いがする」
「…雲雀はたまに血生臭いわ」
「草食動物が群れてた時だろ」
「血は嫌い」
「君も銃を撃てば、血なんてみんな出してるだろ」
表情が歪んだ私を見て焦ったのか雲雀は髪を弄っていた手を放した。ドアの手はまだそのままだ。その手が開けばすぐに私が出て行くことを知っているんだろう。確かにそうするしその機会を待っている。
「この頃変なんだ。名前と戦いたくてずっと会いに行ったりしてたけど、最近じゃ別に戦ってくれなくても良いと思えてくるんだ。ただ傍にいてくれたらそれだけで良いって」
「…諦めてくれたんだ。ならその傍にいてくれたらっていうのも諦めて」
「……それは嫌だ」
「本当に変だね。雲雀は群れるのが嫌いなくせに私と群れたがるの?」
困らせるつもりで言ったのに「うん」なんて素直な返事が来るものだからこっちが焦る。
「名前が嫌なら、血の匂いを薄めるように努力しようと思うし今こうして君が手の届く距離にいてすごく落ち着かない」
「…っ」
ぐっとさっきの距離よりも詰め寄られ身じろぐ。だがそんなのは気休めにしかならず私の肩に顎を乗せられる。
色々唐突すぎて言葉が出てこない。
「…もう少し背高くなってくれないと辛いんだけど」
「辛いって、なにが」
「こうするのに」
離れたと思ったら唇を咬みつくようにとられる。
だが数秒でそれは離れた。勢いからして濃厚なものかと思った、と名前はなにを考えているんだと赤くなる。
「ねえ、傍にいてよ。君と離れるのはなんとなく嫌なんだ」
「……」
多分雲雀は名前のことを好きなのだろう。本能的に察しているけどそれが何なのか気付いていない。名前を傍に置いておきたいと感じる程度。
変なんだと分かっていないわりにはキスしてきたり。行動嗅覚が良いだけだ。
だが名前も気付いてしまった。いつの間にか雲雀が押さえていたドアを離していたこと。
「……今のとこいてあげる。とりあえず仮ってことで」
「仮って、なに」
頭上から雲雀の納得いかないという声が響く。
雲雀が自分で「変」という正体に気付いたら。
そしたら、考えてあげなくもない。