「入らないの」

廊下で壁に寄りかかり目を閉じていたら聞き慣れた声が響いた。確認しなくても分かる。雲雀の声だ。女は目を閉じたまま答えた。

「ここには私のいる場所はないもの」
「君は10年前から彼らと一緒にいたと思うけど」
「そうね。けど、いまここにいるみんなは私の知ってるみんなじゃない。10年前の、出会ったばかりのみんな」

微かに聞こえる綱吉たちの話し声に耳を傾ける。わけも分からず未来へ飛ばされ、戻ろうと必死になっている彼らは私をどう見ているのだろう。あまり関わろうともせず、冷たい大人になったと思われているだろうか。

「そういう雲雀こそ何の用?」
「用があるのは彼らにじゃないよ。分かってるんじゃないの?」

目を開ければ目の前に立っている雲雀がじっと見つめていた。私と同じくこの10年間生きてきた雲雀だ。私の知っている、唯一の存在。答えるように見つめ返せば一歩、また一歩と距離を縮められる。別に恋人同士ではない。付き合ってる人がいるわけでもない。私たちは大人だから。こういう関係もある。無言の会話を続け、雲雀はそっと名前の頬に触れた。滑らかな動きで手は首裏に移動し、キスが始まる。
声もなく静かに行われるそれ。本当は知ってる。雲雀がなにか知っていること。綱吉が死んだことも過去の彼らが来たことも。けど、言わない。狡い女だ。そう思ってるのに言わない。

シュン

「え、…わあ!ご、ごめんなさい!見るつもりは…!ト、トイレ行こうと思って!」
「……」
「ひい!すみせんすみません!俺なにも見てませんから見なかったことにしますから!」

部屋から出て来た綱吉は雲雀たちを見て顔を真っ青にする。だっと走り去った。雲雀の腕の中から動こうともせず黙って見送る。雲雀もそうだ。ただ、自分からやめるのではなく思い掛けない邪魔が入ったことで不機嫌になったようだ。

「……10年前ってあんなにムカつくだけの草食動物だったっけ?」
「さあ。これから変わっていくんじゃないの」
「庇うの」
「そう聞こえる?」
「君はずっとあれが好きだろう」

「あれ」とは、綱吉のことだ。誰にも伝えてないのに何故かこいつには知られている。腹が立った。睨めば肩をすくめられる。

「好きってなに。それならこんなことしてない」
「君がいつも綱吉に近付こうとしてなくても離れようともしてないことは知ってるよ。証拠にずっとここにいた」

彼のいる部屋の廊下で一人立っていた。それが証拠だ、と。無性にムカついた。それを知っておきながら雲雀がここへ来たことも、図ったようなタイミングでキスしたことも、綱吉が好きなのに雲雀とキスしてる自分自身も、全部。

「君はいつまでも綱吉を見てるだけの存在だよ。こんなところにいればね」
「そうかもね」
「…動かないつもり?」
「女として傍にいるつもりはない。私は彼の部下だから。10年前の彼でも彼なことに変わりはない」
「狡い言い訳だね」
「どうとでも。狡い人」

そう言ったのが合図だったかのようにまた唇に噛み付く雲雀。過去の彼らが来た 秘密も、私の本心も知りながらここへ来る狡い人。私も拒絶しない限り同罪なのだろう。中学の純粋に生きていたあの頃とはまるで違う。することも、考え方も。自由になったのかもしれない。醜くなったのかもしれない。きっと私はこれからも彼を拒絶しない。

けど、大人ってこんなものじゃない?

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