住んでいる間取りは同じなのに印象や空気が全く違う。学生時代、隣の教室に入るときを思い出し懐かしくなる。まるで違う空間が広がっていた。
赤司さんの家は綺麗に整えられていた。テレビや本など生活感はきちんとあるのにモデルルームのように綺麗だ。
あたしの部屋と比べてみる。掃除してないわけじゃないけど、とてもじゃないが赤司さんは家に呼べない。まあ彼が家にあがることなんてないが。女の一人暮らしなんてこんなもんよと横着していたことに少しへこむ。イメージを崩さないわね…!

「コーヒーでも飲む?」
「大丈夫です。上がらせてもらうだけで…」

って、聞いてないし。あたしの答えを聞け。リビングから見えるところにあるキッチンで彼はコーヒーメーカーの電源を入れ、棚からマグカップを二つ取り出した。意外と勝手に決めて行動する人らしい。
あたためている間キッチンを動かない赤司さんを見てとりあえず座ることした。どこに座るか迷い、結局ソファーの端に座る。高級なものなのかふかふかでうっとりする。こんなの欲しい。
いつの間にうとうとしていたのか気付けば湯気を揺らしたカップを持った赤司さんが目の前にいて慌てて起き上がる。背筋を伸ばすとその様子に笑って、カップを渡してくれた。反対側のソファーに座り向かい合わせになる。

「名字さんは仕事はなにを?」
「ただのOLです。アパレル関係」
「へえ」
「…赤司さんは?」
「家業と、副業を少しね。パソコンがあれば大抵は出来るからあまり外には出ない」
「どおりで色が白いと思いました。…あ、これ褒め言葉ですよ。羨ましいです」

人形でありそうなほど色白で初めて見たときは驚いた。けどそれが似合ってしまうんだから侮れない。
家業と副業の具体的内容は教えてくれないのかとちょっと気になるが自分もアパレル関係と大きい答えだったため追求できない。広げていい話題かも微妙だ。
赤司はいつも落ち着いていて外ではきはき動いているイメージはなかった。というより、想像出来ない。家で出来る仕事と聞いて納得出来た。今もずっと落ち着いている。コーヒーを飲んでいるだけなのに周りにゆったりした空気が広がっている。
赤司を見つめている自分に気付き、名前は誤魔化すようにカップに口を付けた。しかし、すぐに止まる。……ブラックだ。

「…苦い?砂糖いる?」
「…すみません貰えますか」
「もちろん。スティックタイプしかないけど」
「全然大丈夫です。ありがとうございます」
「いくつ?」
「一本お願いします」
「ミルクは?」
「…す、少し」

キッチンへ向かう赤司。至れり尽くせりで申し訳ない。甘党で子どもっぽいと思われたろうかと恥ずかしくなる。ブラックで飲めないこともないけどいつも入れているため口が反応してしまった。
なにをしてるんだろうか。泊まらせてもらえるだけで感謝しても足りないくらいなのにもてなされている。

「赤司さん、料理ってしますか?」
「一人暮らしの男がどれぐらいやれば料理すると言えるか分からないけど…一応自炊してるよ」

大抵家にいるからね、と戻ってきた赤司さんは砂糖とミルクをくれた。ですよねー。そういえば玄関先でばったり会ったとき野菜とか食材が入ったビニール袋を持ってたっけ。せめて朝食でもと思ったんだけど。
スティックを開け、コーヒーに混ぜながらぼんやり考える。ていうか絶対料理上手だって。あたしレベルが赤司さんに作るなんてとんでもない。きっと「おいしい」って言わせて余計に気を使わせちゃう。ていうかお礼に料理作るとか引かれるか。ただのお隣ってだけなんだし。
我に返れて良かった。ほっと息をつき視線を戻すと赤司さんはソファーから少し立ち、覗き込むように名前を見ていた。

「もしかして、作ってくれようとした?」
「え、」
「そうなら名字さんの作る朝食、食べたいな」

にこっと笑う赤司さんに入れていたミルクを落としそうになる。なんだ今の微笑みは。天使か。
どう返したもんかと悩む。たった今あたしの中では料理作らない方がいいって結論が出たばかりだ。けど、そんな笑みを見せられたらやってみようかって気にもなる。イケメンって恐ろしい。

「あたしテキトーに作る人ですよ。食べれれば良いやレベルです」
「楽しみにしてるよ」
「……赤司さんって意外と女の子泣かせてきたんじゃないですか?無自覚に」
「そう?そんな覚えはないけど。名字さんはそう感じた?」
「少し」
「じゃあそうなのかな」

こんな話題になってもゆったりした空気は変わらず。焦った様子も気を悪くした様子もない。こういう性格なのか、それとも全部分かってやってるんだろうか。

「なに?」
「赤司さんの本性を捜索中です」
「…面白いね。見つかった?」
「…なかなか掴めないです」

カップをテーブルに置く。時計を見れば3時だった。それに気付いた赤司さんも「そろそろ寝ようか」とカップをテーブルに置いた。その言葉にちょっとドキドキしてしまった自分が恥ずかしく「はい」とそっけなく返す。

「こっちの部屋使って。内側から鍵かけられるから」
「え、赤司さんベッド使ってください」
「鍵があるのはここだけなんだ。他の部屋は仕事の道具とかあるからごちゃごちゃしてるし…」
「赤司さんどこで寝るんです?」
「ソファーにでも眠るよ。よく面倒でソファーで寝ることもあるし、平気だよ」
「あの、それならあたしあのソファーで寝たいんですけど」
「え?」
「ほら、人様のベッドで堂々と使うのも忍びなくて寝られないというか。朝食作りもありますしこっちの方が…というかこのソファーの方が」

さっきまで使っていたソファーを指差す。あのふかふかした心地にハマってしまった。低反発でもないのにあのフィット感。惚れ惚れとする。
聞いていた赤司は楽しそうなくすくす笑い始めた。

「名字さんって面白いね。そんなに気に入った?」
「欲しいくらいです」
「欲しい?」
「あ、貰いたいとか思ってないですから!自分で買おうかなと思うくらい気に入ったって意味です!」
「ふうん?」
「ち、違いますよ?」
「分かってるよ。…そこまでいうなら。ベッド使わせてもらうよ」

「朝食もあるし」とにっこりする。あるもの適当に使っていいからとざっくりした説明をうける。そんなに楽しみなんだろうか、朝食。期待されても困るんだけど。低クオリティだし…人に作ったもの出した覚えもない。

けどベッドが赤司さん、ソファーがあたしと決まったおかげで少しほっとする。ベッドより気が楽だし。

「じゃあまた明日。正確にはもう今日だけど」
「はい。色々ありがとうございます」
「どういたしまして。おやすみ」
「おやすみなさい」

寝室へ向かう赤司さんを見送り、あたしはまたソファーに寝転んだ。

「このふかふか幸せ…」

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