朝、起きたら素っ裸だった。 昨夜のことを思い出そうとすると頭がずきんと痛み手でおさえる。とらあえず服を着ようとベッドから抜け出す。すぐに投げ捨てられているように散らばっている衣類を拾い肌を隠していく。着ながら考える。仕事が終わり、呑んでからの記憶がぼやけている。けどなんとなく「そういう」覚えはある。やってしまった。今度は違う意味で頭をおさえた。 シャワー室にも他のどの部屋にも相手は見つからない。先に逃げたらしい。この部屋の代金は私持ちか。そう思うと憂鬱な気分が更に深いものになるが鞄や貴重品が取られていないだけマシか、と自分に言い聞かせる。相手の名前も顔も覚えてないなんて。酒が入ってたとはいえ最悪だ。鞄の中からスマートフォンを見つけ画面をつける。着信、留守電が一件ずつ。アイコンをタッチし表示された名前を見ると更に頭痛が酷くなった。 「もしもし、やっと撮影から戻ってきました。今夜会えるっスか?」 流れてくるその声に激しい後悔が襲ってくる。黄瀬涼太。私の彼氏。仕事の都合でしばらく会えてなかったが戻ってきたという内容の留守番電話だった。幸いこの留守番が入っていたのは数十分前で今日の「今夜」ということだ。 しかし無理だ。心身共に無理だと気だるさと頭痛が訴えてくる。溜息をつき、電話をかける。数回コールが鳴るとガチャリと電話が繋がり元気な声音が聞こえた。 「名前?おはよう」 「…おはよう」 「なに、疲れてんスか?大丈夫?」 「平気。お帰りなさい」 「ただいま」 嬉しそうな声を聞くと罪悪感に包まれる。誰もいない部屋でももうベッドには腰掛けたくない。化粧台まで行き椅子に座った。 「今日空いてる?会社休みだよね」 「まあ一応。でも今日は」 「どこにいるんスか」 「…涼太」 「昨日は夜にこっち着いたから今まだホテルなんスよ。だから夕方くらいに家行くっス」 ホテルという言葉にびくりとする。平静を装うように相槌を打てばいつの間にか切れている電話。家に来ることになってしまった。慌てていたとはいえしっかりしてなさすぎだ。ずきんずきんと痛む頭をおさえながら目を閉じる。こうなったらさっさと帰って風呂入って寝よう。 勢いよく立ち上がり帰路に着いた。 「こんばんは、名前」 「こんばんは、涼太」 白い息をはきながらにっと笑う涼太に笑い返す。嬉しいことに家に帰り少し眠ったら頭痛がひいた。ぶるっと震えた涼太に寒いから早く入ってと促しキッチンへと急ぐ。煮ていた鍋の様子を見てコンロの火をとめた。 「名前の料理食べるの久々っス。帰ってきたって感じ」 「そう?それは良かった。料理っていっても鍋だけど。座って」 鍋をこたつに運び、向かいではなく隣に涼太が座る。いただきます、と手を合わせてから食べ始めた。 こたつはいつの間にか眠ってしまう。寝不足なら尚更だ。目を開け入ってきた光が眩しくて体の向きを横にすると涼太も眠っていた。私に背を向けているがほぼうつ伏せの体制。寝ぼけ頭でぼうっとその姿を見ているとひいたはずの頭がずきんと痛みだした。同時に心臓を抉られたような気持ちになる。 「りょ、た…」 頭をおさえながら反対の手で手を伸ばす。痛みはずきずきと更に鋭くなっていく。手を伸ばしたくないのに伸ばしてしまう。見たくないのに、一点を見つめる。伸ばした手が涼太に触れた。首裏の、付け根。赤い痣。 信じられないという思いが襲う。けど、やっぱりそうかと思った自分もいた。なんとなく分かるものだと聞いたことはあるが本当にそういうものとは知らなかった。ずきずき痛む頭は二日酔いなのか、他が原因なのか分からなかった。この際どっちでもいい。 ショックだがこれを見つけた時より既に冷静になっていることに気付く。 「…ああ、私もそうだからか」 今朝のことを思い出し声を出さずに笑う。おさえていた手は頭から目に移動させる。高校からずっと、続いてたのになあ。ずっとずっと好きだったのに。目を覆い、流れるそれを静かに拭った。 |