「あ、名字いたの。ならコート磨いておいてくれない?」

笑いもせずモップを差し出す赤司。話しかけられた名字は頷き受け取った。なんの疑問も持たず掃除を始める名字。

「…健気ッスね」
「相手があいつだからなー。名字も変なのに惚れたよな」

黄瀬の呟きに青峰が頭をかきながら答える。赤司は名字の好意を利用して雑用を押し付ける。普通なら同情したり、赤司に注意するところだが全てを赤司のせいには出来ない。
それは名字の公開告白があったからだ。

「赤司くんのファールしたときの顔が好きなんだけど私じゃ駄目かな」

公開告白に問題があったんじゃない。告白のセリフに問題があった。騒がしかった体育館がしんと静まり返ったのを覚えている。あの時の赤司の顔は今でも忘れられない。ある意味あんな顔をさせることが出来るのは名字しかいないと思う。

「名字っち馬鹿ッスよ。マネージャーでもないのに毎日」
「けどいくら雑用を押し付けるからと言って赤司くんが部員じゃない人を入れますかね」
「あー、確かに。あいつなら女子でも容赦なく言いそうだよな」
「何気に気に入ってたりしてー」
「えっ」
「…」
「…」
「…」
「な、なんスか?」
「黄瀬、お前名字のこと」
「そんなんじゃないッスよ!ただ驚いただけで!」
「フーン」
「うう…」

黄瀬がみんなから変な目で見られていると何時の間にか名字が近くに来ていたらしい。あっちも掃除に夢中だったのか勢い良く黄瀬の背中に激突した。
突然のことに力が入っておらずそのままお互い倒れこむ。

「いっ、」
「…は、ごめん黄瀬くん!大丈夫?」
「わ、名字っち!?あ…大丈夫ッスよ」
「怪我してない?今度練習試合あるんだよね?試合なくても怪我なんて駄目なのに」

自分も転んだのに黄瀬の心配ばかりする名字をぼーっと見つめる。赤司っち以外と話す時の彼女は、普通だ。本当にこの子があんなことを言ったのかと疑うくらい。覗き込んで「黄瀬くん?」と呼ぶ名字にテンパり立ち上がる。
急に立ったからかぽかーんと彼女は俺を見上げていた。

「全然平気ッスよ!試合も元気に出れます!」
「……」
「……」
「……」
「…な、なんすか」
「いや別に」
「黄瀬ちん分かりやすい」
「だからそんなんじゃなくて!」
「不憫だなーお前」
「青峰っち!!!」
「名字さん、どうしたんですか」

黒子が未だに座り込んだままの名字に話しかける。もしかしてどこか痛めたのだろうか。だがすぐに否定する。ううん、なんでもない。黒子が手を出せば名字はそれを取って立ち上がった。

「ありがと」
「いえ」
「あー、黄瀬ちん気が効かない」
「テツに持ってかれてやんの」
「二人はちょっと黙ってて!」

青峰と紫原にからかわれる。ああもう、なんでこの二人はこうなんスか!
ふと気付いて名字を探せばさっきと変わらず掃除をしていた。モップで体育館を往復している。手伝うと駆け寄れば「いいから選手はアップしとけ」と怒られた。初めてそんな口調で言われた。


アップし終わると何時の間にか名字はいなくて。掃除が終わったのだろうか。もう帰ったのかもと思いつつ部室に向かえば話し声が聞こえた。
ドアの近くの小さい窓にそっと近づく。

「捻ったとか、馬鹿だろ」
「ぶつかった私のせいだし。別にいいよ。湿布とか」

練習着の赤司と、鞄を持った制服姿の名字。
名字の腕を掴んでいるそれを放せと言わんばかりに赤司の手を見ていた。

「後でこれを盾に脅されたらたまらないからな」
「良い考えね。そうしよう」
「いいから足を出せ」
「部の湿布を使ったとかネチネチ言われそうだから嫌」
「嫌か。なら言ってやる」
「大丈夫だって。…黄瀬くんが平気そうで良かった」

無理やり手を払い出て行こうとする。

「名前」

ぴくり。
立ち止まる。まるでスイッチが切れたみたいに綺麗な静止。振り返ると真面目な、少し焦ったような顔をした赤司。早く座れ。自分は追いかけようとはしない。けど言葉で止める。早く座れ。
名字は少し黙って、それから笑った。

「そのちょっと情けない顔、好き」

ああ、なんだ。赤司っちもそうなんだ。
痛めてるのに気付いても掃除を終わらせてから救急箱を用意するところが彼らしい。けど俺は痛めてたことに気付かなかった。赤司っちは、ちゃんと見てるんだ。

苦笑いを浮かべる。
黄瀬は足音を立てないよう、そっと部室を離れた。


/驕児

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