咬まれた日



「お願いします、社長」
「帰れ」
「嫌です」
「社長命令だ」
「引き下がれません―――私を、社長の部屋に泊めてください!」



ガッと頭を床にぶつける音がする。もう引き下がれない。ここで粘らないと寝床がないのだ。
出発する前、ホテルの部屋の予約をした。出張に行くのは2人だけだし2部屋で別に何の疑問も持たなかった。だが問題がやって来たのだ。
私の泊まるはずだった部屋に向かうと、ドアを背に雲雀さんが立っていた。気が向いたからとわざわざ飛行機を飛ばして来たらしい。ふあ…と欠伸をしてこの部屋で寝るよ、と鍵を奪われ話に追いつけてなかった私は気付いた時には部屋を取られてしまっていた。


「他のパーティーに来たほとんどの人がここのホテルに泊まってるらしくて空きもないんです」
「はぁー。だから言っただろ、全室借りようって」
「それは勿体無いです!…うー、雲雀さん寝ちゃったらしくてもう社長しかいないんですお願いしますどっちかのベッド貸してください」
「………………駄目」
「………雲雀さ」
「それも駄目」


命令、と何時もより低い声に三咲は雲雀の部屋で泊まるという選択肢は無くなってしまった。
良く分からないが今は雲雀の名前はタブーらしい。喧嘩でもしたのか。
ともかく、これで三咲の選択肢は社長の部屋にご一緒させてもらうしかなくなった。たがいくら頼んでも綱吉は駄目の一点張り。
そして冒頭に至る。



「どうして泊めてくれないんですか」
「いくら何でも恋人でもない男女が同じ部屋で泊まるなんて駄目だろ。」
「別に気にしません」
「……それは俺を男として見てないってこと?」
「というより、社長が私を襲おうとするなんて思えないです」


ていうか私は社長が私を(一応)女として見てくれてた方が驚きだ。お前はピエロとか言われてるし。一人うんうんと頷いていると「…へえ」と低い声が返ってきた。つかつかと私の方へ歩いてくると思えば勢いよく頭の後ろに手をまわされ反応する間もないままキスをされた。三咲が抵抗する前にと綱吉は舌を入れる。逃れないようにと抱き締め、押し倒す。

「−−っは、な、なにを…」
「……甘く見てた?」
「…」
「社長の俺にこんなことされるとは思わなかった?こんなことされるんだよ」

笑いもせず言えば黙っていた三咲はきっ、と綱吉を睨み付けた。ぐ、と覆いかぶさっている綱吉を押し返す。退くつもりだった綱吉は素直に三咲から離れた。椅子に腰掛け、床に座り込み背を向けている三咲を見る。
先程から黙ったままの彼女。動かない彼女を見ているうちに段々と我に返ってきた。強引にキスをして押し倒したのだ。社長どうのこうのじゃなくて人間として駄目なことだ。誰も話さず、静寂の部屋。こいつが黙ったままなんてそうとう怒っているんだろう。流石に青ざめる。

「三咲…?あの、さ。ごめん。俺」
「…なら」
「…へ?」

微かに聞こえた三咲の声に聞き返す。すると微動だにしなかった三咲はようやく立ち上がり、綱吉に振り返った。…笑顔で。

「つまり恋人同士なら、泊まっていいってことですよね?」
「え。−−んっ、」

先程の口内の熱がまた戻ってくる。綱吉は首裏を掴まれ固定され身動きが解けない。なによりこんなことをされるとは予想してなかったため頭が追いつかなかった。
ディープキスはこれまで何度も経験してるけど、女にされるとか初めてだ。つーか普通この状況でしなくね!?

「……お、まえ…舌入れるかフツー」
「先にしたのそっちじゃないですか」
「…そうだけど」
「部屋で寝ていいんですよね?あ、私こっちのベッドがいいです」

枕を持ちにっこりする三咲に面食らう。え、ほんとに泊まるつもり?…てことは、

「よろしくお願いします、沢田さん」
「……まじですか」


色んな意味で気になってたやつと、付き合い始めることになった。

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