押された日
「ねえ、なんで名前で呼ばないの」
「はい?」
くつろいでお茶を飲んでいる三咲に、綱吉は机に片手頬杖をつきニヤニヤと悪い笑みを浮かべた。
「名前。一回しか呼んだことないよな。俺は三咲って呼んでるのに」
「……社長は社長ですから。上司を名前で呼べません」
「じゃあ仕事の時以外は名前で呼んで。上司と部下じゃないときはさ」
そう言うと三咲は少し考え分かったと頷いた。
「じゃあはい、せーの!」
「え、なんですかそのノリ。言いませんよ!休憩時間だからってまだ仕事時間中じゃないですか」
「今だけ時間じゃないってことで。俺が許す」
「許すって…」
三咲はカップを机に置き呆れた様に溜息を吐く。その様子に綱吉は勝ったと密かにほくそ笑んだ。
「沢田…さん」
「…んん、名前って言ってんだろ」
初めて三咲は呼ぶからか少し恥ずかしそうに目を泳がせる。うわ、この反応はやばい。
…ていうかキスとかなんの恥じらいも見せないのにこういうのは照れるんだ。ああ楽しいと続きを待つ。
「沢田……さわだ…」
「――――まさか、名前覚えてない?」
ビクッと三咲の肩が揺れる。……うっわ、こいつ!絶対そうだ!目泳がせてたのもきっと名前が分からなかったからだ。
綱吉は椅子の上で体育座りになり顔を埋めた。
「うわ最悪!三咲酷い…」
「だ、だって名前言われた時はこの人が社長なのかよって印象が強くて!……凄い名前だなって思ったのは覚えてますよ?」
「フォローになってないから。あーあ、恋人に覚えられない俺の名前可哀想」
「……………………ご、ごめんなさい」
確かにと思ってしまった三咲は素直に謝り、綱吉はようやく顔を上げた。
目が合うとにこりと効果音が付きそうな(私からすれば恐ろしい)笑みを浮かべ口を開いた。
「……じゃあ恋人らしいことして」
「は?」
「ちゅーでもいいよ」
「なんですかその切り替えの早さ」
さっきまで落ち込んでたくせに!ていうか本当に落ち込んでたのかも怪しい…。また社長のペースになってる気がするし。
「…考えておきます」
「明日までの宿題ね」
「………」
素早く返された上手い返事に私は何も反論することが出来なかった。