「ウシワカって知ってる?」 「………」 笑顔で聞いてはいるが、料理に毒が入っていたときのような緊張感が玲華を襲う。じっと表情を見つめるがにこにこした顔もピリピリした空気も変わらない。言葉に気をつけながら答える。 「資産家のウシワカですか?パーティーにも来ていた」 「そう。けど本当は俺と同じマフィア。ウシワカファミリーっていって俺たちとずっと争ってるんだ」 「……そうですか」 「あれ、驚いてない?」 「及川さんから敵意が伝わってきてますから。それに、名前を出したってことはそういう関係の人なんだろうと」 言うと及川は「あれ、敵意出てる?ごめんね」と空気をかえた。すると緊張感がなくなる。 及川さんコントロールが出来るらしい。いや、逆にいえば普段出来ているがウシワカに対してはコントロール出来ないということだ。ずっと争っているから、なのだろう。 「で、そのウシワカファミリーがどうしたんです?」 「別に」 「はい?」 「玲華ちゃんとウシワカとなにか関係があったら嫌だなーと思っただけ。その反応からしてウシワカに興味なさそうだし、特に言うことはないよ」 「…そうですか」 相槌が気に入らなかったのかペンネをフォークで刺す玲華に及川は自分のフォークを突きつける。面白くない、と。 「ウシワカとなにか関係があったらって、のなにかってなんですかーとかないわけ?」 「なにかってなんですか」 「…俺が言わせたみたいじゃん」 「思いっきり言わせてます」 「お前ね、食べながら喧嘩売るんじゃないよ」 もう、と頬杖をついて呆れる及川。 「なにか思うことはないのかね?」 「なにかって?」 「…まんま使ってきたね。いいけど。あのパーティーにいたんだよ?争い続けてる俺とウシワカが。そんで、色々探ってる途中で玲華ちゃんの喧嘩を発見した」 「…なるほど」 「どう思う?」 問いかけながら及川はどう玲華が答えるか考える。元凶はそれだったんですね、ある意味で命の恩人ですね、あのパーティーは裏ではどんなパーティーなんですか。 彼女はどれで来るだろう。考えながらペンネをぶすりと刺した。 「及川さんのが美形だと思います」 「……は?」 「女性に好かれる顔してます。パーティーでもウシワカさんをちらっと見ましたけど男性と話していました。あまり女性とは話さなそうなイメージを持ちました。及川さんと違って」 「それ、褒めてるの?」 「さあ。ただの私がどう思うかなので。 褒めるとか貶すとかそういうんじゃないです」 予想外な方向に話題が向き、及川は焦る。まさかそうくるとは。全くの照れも下心も無しに言われるそれは不意打ちすぎてちょっと照れた。 ウシワカよりも美形、そう言われて悪い気はしないよね。うん。事実だし? 「あと及川さんには贔屓目入ってます。助けてくれたし」 「…玲華ちゃんって、悪女だったりする?怖いくらいに攻めてくるね」 「…照れてます?」 「ごめんね照れて!俺みたいな奴がこんな簡単に照れて!!」 「なんか私も恥ずかしくなるのでやめてください」 敵意を剥き出しにされたときとは違う意味で、玲華は言葉に詰まった。 及川の人生上、自分からアタックする時もしない時も、下心無しにそういうことを言われたことは多分なかった。慣れていない。思い返してみても、どの子も確実に下心が入っていた。「愛してる」とかそんなものでもないのに、まさか自分がこんな風に照れるとは思ってなかった。びっくりした。 「キスでもする?」 「はあ?」 「……そんな冷たく返されるとグサッとくるんだけど」 「切り替え早いですね。さっきまで照れてたのに。急にそんな返しが来るとは」 「ね、フォーク置いて」 「食事中です。嫌です」 「じゃ食べ終わったら歯磨こう」 「いや、あの、そういう問題じゃなくって」 「そのあと昼寝しよう。ふたりで日当たりのいいところで」 「…今日仕事はないんです?」 「……一日くらい」 「駄目ですよ」 「………」 「駄目です」 「……」 「……キスしたらちゃんとします?」 「え、」 「もう俺玲華ちゃんと結婚する」 「突っ伏してないで手を動かせ。仕事しろ」 「岩ちゃん!!さっきの今で仕事はかどると思う!?」 「その話からするとちゃんと仕事するって契約だよな?あ?」 「うっ…」 「さっさとやれ」 「はーい」 「…最近、ウシワカの奴らの騒ぎが多い。近いうちになんかあるぞ」 束の書類を差し出す。騒ぎがあった事件が何件も書かれている。勢力を増やしたと聞いていたが雑魚のような連中まで引き入れたのだろうか。マフィアが起こすとは思えない馬鹿らしい事件もある。 「……そうだね」 及川はバサリと書類を放って言った。 「そろそろ決着つけようか」 |