「箱庭の住み心地はどう?」
「足枷がなかったらまだマシです」
「はは、岩ちゃんから聞いたよ。逃げようとしたんだって?」
「…気分転換に歩きたかっただけです。自由にしていいと言われた覚えがあるんですけど」
「いくら鍵を変えたって勝手にいなくなったら焦るじゃん。それは罰だよ。勝手に海に帰ることは許しません」
「…海が実家ではないですけど」
「そこはニュアンスでさ。俺の人魚姫でしょ?」

向かい合わせに座り、大きいガラスの容器に盛られたパフェをふたりで食べる。三時頃、及川さんはひょいと現れて「おやつの時間だよー」とお菓子やらデザートを持ってくる。そして、毎回話の内容は全く合わないものになる。甘ったるい会話も嫌だけど。
ここに来て既に一週間は経つ。慣れたくないが慣れてきたところも多々ある。一つはこの及川さんとの食事。彼は食べながら会話をするのが好きなのか会話が好きなのか、とにかく話す。質問だったりただ自分が話すだけだったり。
二つ目は、匂いだ。他所だった場所が一週間もいれば人の家の匂いなんて感じなくなる。絶対安心が出来ない分、身体が落ち着いてくれるのは有難い。
しかし鎖で繋がれてる足枷がつけられたことにはへこまずにはいられない。私は囚人じゃないのに。この状況じゃプライドもなにもないことは分かっているが見る度にああ、私は捕まっているのだと自覚させられる。

食べることをやめ、俯いた玲華に及川は自分のパフェ用の持ち手の細長いスプーンを玲華に向けた。

「君は一生ここに縛られたままだ」
「…」
「でも、ある意味俺も縛られてるんだよ。一生ね」

予想外の言葉に驚き顔を上げる。そう呟いた及川の表情は笑顔でもなく、この前の恐怖の対象でもない。翳りがある表情。
目が合うとにこりとされ「まだ沢山残ってるんだから食べなさい」と促される。玲華はまたチョコソースがたっぷりかかった生クリームとバナナを掬った。ソースがとても美味しい。
じっ、と及川を見つめる。さっきの言葉の意味を知りたい。玲華の視線の意図に気付いている及川は、はじめは食べながらスルーしのうとていたが、諦めたのか続きを話し始めた。

「信頼してないわけじゃないけど、岩ちゃんや他のみんなは抜けようと思えばここから抜けられることが出来る。けど、俺は一生抜けられない。『及川徹』から逃げられない」
「…仲間が欲しかった、と?」
「みんな仲間だよ。そこは疑ってない」

頬杖をつき、もう片方の手でパフェを掬った及川はにこりと笑い「はい、あーん」と玲華にスプーンを向ける。
「結構です」ともくもくと自分のスプーンで食べる玲華にちぇっ、とむくれながら口に運ぶ。

「けどね、なにかあったとき、ファミリーを抜けるやつがいるかもしれない」
「そんなことをする人たちに見えませんが。…みなさんのこと全く知りませんが少なくとも及川さんに尊敬や畏怖の念を抱いていると思います」
「…ありがと。でもさ、例えば運命の人に会っちゃったーだからここから抜けたいんですーとか言われたら引き止められないよ」
「そんな理由で抜けますか?ありえません」
「あのね、玲華ちゃんのファミリーのイメージ固いんだって。そういうのは一昔前の話なの」

苦笑いしつつ答える。及川さんが最後の仕上げ、と残りの生クリームをかき集め、再び「あーん」と玲華にむけた。なぜか断る気も起きず、そのままかぶりつくと驚いた顔をした及川がいた。玲華はなぜか勝った気になる。にやりと笑みを浮かべ、ぺろ、と口の端を舐めた。

「びっくりした」
「及川さんがくれたんですよ?」
「まあそうなんだけどさ。玲華って、たまに乗ってくるよね。男に尽くさせるテクニックを熟知してると見た」
「…及川さんじゃあるまいし」
「じゃあなに。気まぐれ?そうなら恐ろしい子だね」

少しの嫌悪を放ちつつ及川はスプーンを置いた。おやつの時間は終了だ。
食事が終われば私はダイニングから自分の部屋へと戻る決まりだ。言われたわけではないが、暗黙のルールのようなものだ。
足枷は長い鎖で繋がれているため自分で移動は可能である。もちろん、「どこにいるかすぐ分かる」程度の長さだが。というか食事の移動を考慮して計算された長さだろう。
普段ここで及川さんとは別れる。及川さんはいつもどこへ行ってるのか知らないが多分聞いても教えてくれないだろう。帰ります、と席を立つと「待って」と引きとめられた。

「…なんですか?」
「ほっぺにソースついてる」
「え、」
「違う違う、逆」
「……取れました?」
「はい、大丈夫です」
「ありがとうございます。…言おうか迷ってましたが、及川さんにも付いてます」
「え?」
「袖に」
「…ああ!」

白いシャツでシミが目立っていた。「どうしよ!岩ちゃんに殴られる!!」と慌てる姿が普通の人のようで思わず気が緩む。本当にファミリーのトップなのだろうか。むしろ子供っぼく見える。…まあ、こんなものか。
玲華は及川の右手を掴み、置いてあったウェットティッシュで彼の裾のシミを拭き取ろうとぽんぽん叩き始めた。

「…これ、逆に中に染み込ませてない?大丈夫?」
「既にシミになってるんですから水分馴染ませとかないと」
「そうなんだ」
「合ってるか知りませんが」
「知らないんだ!?」

ツッコむ及川だが相手はお嬢様なんだから知らなくて当然かと気付く。
それにシミになったとしても替えなんていくらでもある。岩泉には怒られるだろうが捨てて新しいのを着ればいいだけの話だ。
だが、夢中でぽんぽんしている玲華にまあいいかと思う。気の済むようにさせてあげよう、と玲華の行動をじっと見つめた。
警戒してないわけじゃないんだろうけど、毒の件があったからか他の奴らよりは心開いてくれていると分かり、嬉しく思う。それは恋愛の甘い感覚では決してなく、拾ってきた猫が少し懐いてくれたような感覚。人間のように計算ずくの行動より動物の方が建前がなくこちらも裏表なく接することが出来る。

「…俺は寂しかったのかもしれないね」

思わず出た言葉。玲華は手を止め及川を見上げた。目を大きくして瞬きをする玲華は可愛い。微笑むと興味を無くしたのかふい、と視線を戻されてしまう。
ああ、動物だと猫かなと例えてみる。
信頼してる人がいつかいなくなる可能性はゼロじゃない。それを覚悟でこの道を歩むと決めた。けどその「いつか」に言い知れぬ不安を感じてたのかもしれない。
考え込んでいると気が済んだのか玲華が手を離した。

「やれるだけのことはやりました」
「うん、ありがと」
「お互い逃げられないんですから、少なくとも独りにはなりません」
「……。そうだね」

及川に言った言葉か、自分に言い聞かせた言葉か。
玲華の表情は変わらず。「ご馳走様でした」ともう一度言って今度こそ部屋へ戻って行った。
……読めない子だな。その辺にいる女の子ならもっと分かりやすかったのに。でもテンプレ通りの女の子だったら、あの毒の件に気付いても放っておいたかもしれない。いや、むしろ男殴ってる奴を助けようとはしないか。ふふ、と笑いがこぼれる。
これは予想外。思った以上に可愛い子を連れてきちゃったなあ。

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