「ホラ、食え」
「……」

あれから一晩経った。今は窓から見える空からして朝。何時かは分からない。目の前に置かれた食事。岩泉が玲華の前に運んでから既に10分経っていた。睨み合いが続いている。
玲華の部屋だと与えられた空間にはベッドと一つの机と椅子。そして窓しかなかった。ドアを開けようとすれば外側から鍵がかかっていて出れなかった。窓も人が通れる大きさではない。自由にしていいなんて全くの嘘じゃないか!
しかし岩泉が持ってきたものだけは豪華だ。具材がたっぷり入ったサンドウィッチと、ウィンナーの入ったスープ、ブルーベリーの乗ったヨーグルト。そしてコーヒー。朝食には十分な食事である。
あきらかに怪しい。毒でも盛られてるんじゃないか。ベッドに腰掛け、動けないでいる。

「あれからなんも食ってねえだろ」
「…怪しい人がくれる食べ物は口にしてはいけないと教わっています」
「お前な」
「やっほーよく眠れた?玲華ちゃん」

岩泉が口を開いたのとほぼ同時に、呑気な声で及川が部屋に入ってきた。昨夜のパーティー用のスーツとは違いYシャツと黒いスボンという格好だ。
先客の岩泉を見て目を丸くする。

「あれ、岩ちゃん。俺より先に玲華にモーニングコール?」
「は?…朝メシ持ってきただけだ。ていうか、お前こそ軽々しくこんなとこ来んじゃねえ!自分の立場わきまえろ!」
「え〜?一番上だからこそ、みんなのこと見なくちゃでしょ?」
「…」
「…食べないの?」
「食べたく、ありません」

唯一置いてある椅子に腰掛ける及川。食べなさいと強要されるかと身構えると、呑気な声で「じゃあ、俺が食べちゃうよ?」とスプーンを手に取った。
スープを掬う及川に驚く。しかし、スープは及川の口に入る前に岩泉によって払い落とされた。ガチャンと音を立てるスプーン。毒が入っているというなによりの証明だった。

「…殺さないって言ったよね、岩ちゃん」
「っ、」
「俺が来るまえに処分しちゃおうと思った?」
「…悪かった」
「片付けて」

玲華に言われてるわけではないのにゾクリとする空気。武器を向けて話しているわけでもないのに相手を圧倒する。紛れもなくファミリーのボスだった。
岩泉がこぼれたスープとスプーンを処理し、トレーを持って部屋を出ると先ほどの呑気な及川に戻る。

「ごめんね玲華ちゃん。岩ちゃんは俺のこと大好きだからさ、何かあるまえにって行動しちゃうんだよ。玲華ちゃんが賢くて良かった」
「別に。…岩泉さんに言っておいてください。今の私じゃなにも出来ません」
「そういう立場をわきまえてるトコ、好きだよ」
「どうも」
「わあ冷たい」

可愛い反応が見たいのに、と肩を竦める及川。昨夜の続きのような会話に玲華は溜息を落とした。いつの間にか軽口に変わっている。

「なにが食べたい?」
「なにも」
「怖い?また毒が入ってるかもって」
「…」
「じゃあ、俺と一緒に食べようか」
「は?」
「二人分の全部の料理を一つの皿に入れる。取り皿も無し。そのまま二人で料理を食べる。俺が食べる可能性が少しでもあるものに誰も毒は入れないよ」
「…なにもそこまで」
「毒で死ぬのが怖くて食べないのは分かるけど、食べなくても死んじゃうんだよ」
「確かにそうですけど、ファミリーのボスなんでしょう?貴方がそこまでする意味が分かりません」
「飢えて死なれたら食事を振る舞わなかった及川さんっていうレッテルが貼られちゃう。それは嫌だね」

真面目に言ってるのか軽口なのか、本当に分からない。こんな人は初めてで玲華は迷う。玲華が折れるように逃げ口を作っている言い方に思えるし、本当に嫌で言ってるかもしれない。
全て怪しんでるのは気力も奪われるし、飢えて死ぬ。彼の言っている通り、その方法なら毒が入ってる可能性は無に等しいだろう。玲華の出された道は一つしかなかった。

「いただきます、食事」
「うん。用意するから待ってて。あと、不用意に扉を開けちゃダメだよ」
「…こちら側からは鍵閉められませんが」
「えっ、あ、ほんとだ。てことは岩ちゃん女の子の部屋に許可なく勝手に入ったんだ。ごめんね」
「…及川さんも勝手にドア開けましたよね?」
「覚えてないなあ」
「…」
「うーん、ドアもなんとかしないとね。じゃあすぐ戻るから待っててくれる?」
「あの」
「ん?」
「一緒に行ったら、ダメですか…?」

どこまで本気か分からなくても、今の玲華にとって一番安全なのは及川の近くにいることだ。殺されるよりは及川の言う「幽閉」のがマシ。
恐るおそる聞くと及川は目を大きく開けて驚いた顔をした。

「…あの?」
「ごめん。ちょっと吃驚して。いきなり玲華ちゃんがデレてくれたから」
「デレてません」
「可愛くおねだりしてくれたから」
「してません」
「あれ、デレは一瞬で終わり?」

にこりと微笑う及川。本当、外見は信じられないくらい整ってるなあ。だからってときめかないけど。
玲華の「おねだり」に機嫌が良くなったのか及川はふたつ返事で了承した。

「いいよ、おいで」

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