「その人を放してください」

襟を掴んで今にも殴りかかろうとしている男に言う。
パーティー会場から少し離れた通路。ここの主催者は絶対なにかやっているだろうとは思っていたが、ビンゴだったようだ。ちょっと抜け出してみればこれだ。見てしまったからには素通り出来ないのが玲華である。
やられているのが知り合いなら尚更。

「あ?なんだお前」
「っ、ダメだ…!」

怖い形相の男と、既に何発か殴られている男が玲華を見て言う。彼―――日向の着たスーツはもうボロボロによれている。玲華の顔に青筋が立った。

「貴方こそ何よ。そんなことして良いと思ってるの?このパーティーの呼ばれている者は全員、格式高い人物が」
「うっせえ!」

臆せず堂々と話す玲華に焦ったのかイラ立ったのか、殴ろうとしていた日向を乱暴に放り玲華に近づいてきた。放り出され、咳をしながら息を整えている彼を見て内心安堵する。そしてすぐ、視線を外した。知り合いだとバレたらまたやられてしまうだろう。無意識に拳を強く握りしめる。けっこうダメージを受けてそうだ。今のうちに走って逃げて、と思うが難しいかもしれない。
玲華は向かってくる男の意識を自分に集中させるよう、言葉を選んだ。

「あら、今度は女の私を殴るおつもりで?」
「女を殴る気はねェよ。…そのかわり、分かるよな?」
「さあ。分からないわ」
「なら教えてやるよ」
「分からない。どうしてこんな下等な者がこのパーティー会場にいるなんて」

ふう、と息をつく。
本当は心臓ばくばくだ。銃とかナイフとか持ってたらどうしよう。

「っ、てめえ!さっきから女だからって調子乗りやがって!!」

軽い挑発に乗っかる男。青筋を立て、ナイフを取り出した。げっ、持ってる!やりすぎた!どんどん近づいてくる。背中を見せない様に後ろに下がるがそうそう続けられるものでもない。リーチが違う。男の長い腕が伸び、肩を掴まれる。右手にはナイフ。にっと笑って振り下ろした。
やられる!
思わずぎゅっと目を瞑る。

「女の子いじめちゃダメだよー?お兄さん」

突然背後から場に似場わない声が聞こえた。それこそ小さい子どもに「いじめちゃダメだよ」と注意するようなトーン。目を開いた。ナイフを振りかぶっている男の腕を掴み、動きを止めている男性が目に入った。
玲華と目が合った。かと思えば、彼の視線は少し横にずれた。そして、口を開く。

「おい、なに隠れてんだ」
「ごめーん。でもそういうことは、岩ちゃんの仕事でしょ?」
「へっ」

思わず力の抜けた声が出る。玲華の真後ろに、もう一人立っていた。ナイフを止めた堅物そうなタイプではなく、自分がどう相手に気に入られるか知っているタイプ。目が合うとにこりと微笑まれた。

「安心して。もう大丈夫だよ」
「あ、あの!」
「既になにかされたとかない?」
「…はい」
「なんだお前ら!この女の仲間か!?」
「もう、五月蝿いやつだね。痛い目みないと分からない?」
「…まさか、ファミリーぐぇっ」

「ファミリー」と言った瞬間、ナイフを抑えていた男が一発食らわせた。素早い反応に驚く。この人はただ通りかかって助けたんじゃない。「ファミリー」。裏の世界の住人だ。安心したのも束の間、玲華に緊張が走る。息が詰まる。おそらく、後ろのこの男も。

「あーあ、聞かれちゃったねぇ。ああいう血の気が多いのは手も早いし口も軽い」
「……及川徹さん、ですよね」
「あ、知ってるんだ。俺のこと」
「パーティーじゃ、有名人じゃないですか。」

青城グループの御曹司。これもあるが、持ち前のルックスと来るもの拒まずな態度でどのパーティーでも主役級。さっきまで、パーティーを抜け出してこんなところまで来るなんてと不思議に思っていたがこっちの顔が本当なのだろう。
焦りを感じ取らせないように及川から目をそむけずに見つめる。さっきと同じく心臓ばくばくだ。
それとは反対に及川はよく周りに向けている笑顔を玲華に向けた。

「嬉しいよ。知っててもらえて。でも、知られたくないことまで知られちゃったねぇ」
「……」
「…助けてあげたけどごめんね。帰してあげるわけにはいかないなあ」
「こんなところで私を殺したら、流石に誰か気付きますよ」
「ふふ、そんな物騒なことしないよ。そこの男だって殺してはいないでしょ?」
「じゃあ」
「一緒に来てもらうよ。俺のホームに」

すっと嘲るような目に変わる。思わずびくりとする。『ホーム』なら、どんな風にだって処分は出来る。笑っているのに、感じる恐怖。
すると、ぱっと及川の顔つきが戻った。

「堂々と正面から出るよ。俺と二人でね。お呼ばれしてここに来たんだから普通に帰るのが得策。大丈夫、いつも女の子と一緒に帰ってるし怪しまれないよ」
「…そっちの人がいます」
「岩ちゃんは俺のボディーガードだもん。確かに俺と君と一緒に帰るけど岩ちゃんはカウントしないよ!」
「おい、どういう意味だ」
「そのまんま」

軽い話し方なのはいつもなのだろうか。全く変わらない。玲華は静かに深呼吸した。日向は気を失っているみたいだ。確か、及川たちが来る前に。ならば及川達はあのまま放っておくつもりかもしれない。下手にあの人は助けてやってと言えば、怪しまれるだろうか。でも…

「私のことはいいです。けど、そこに倒れてる人は助けてあげて」
「ああ、君が命を張って助けた子」
「っ、見てたの…?」
「君が彼を見つける前から」
「……」

しまった。やっぱり触れないほうが良かったかもしれない。
岩ちゃんと呼ばれているボディーガードも、訝し気に日向を見始めた。

「…いーよ、助けてあげる。岩ちゃん、あの子の介抱してあげてから戻ってきて」
「はあ!?」
「俺たち先に帰ってるから」
「ちょっと待て、あのまま帰すのか!?あいつだって聞かれた可能性も」
「俺たちが来る前に気絶してたよ。彼女が残り少ない自由な時間の中、あの子を助けたいって思ってるんだよ?いいよって言いたくなるじゃん」
「お前な」

抗議する男に及川は「岩ちゃん」とだけ呟く。
しん、と静まり返ったあと。男は渋々頷いた。
空気を変えるように及川は「そうだ」とぽん、と手を叩いた。

「君のお名前は?ちなみに偽名はダメだよ」
「……玲華」
「そう」

優しく微笑み、手を差し出す及川。この顔が嘘の顔と知った世の女の子たちは悲しむだろうなと考える。今の玲華には恐怖でしかないが。
既に覚悟は出来ている。
最後に倒れている日向をちらりと見る。彼が無事なことが不幸中の幸いだろうか。深く息をつき、手を重ねる。すぐに腕を掴まされエスコートされる。完璧な動作に流石と思う。まっすぐに、彼を見上げる。

「じゃあ出ようか、玲華」

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