お昼を過ぎた頃ピンポーンと呼び鈴が鳴った。正月にお客さん?と名無しさんは首を傾げる。名無しさん以外はみんな祖父の家に泊まりに行っていて家には一人だ。正月の三日間以外は部活があるためパスした、と言えば聞こえはいいが置いていかれたとも言える。
お客さんが来るなんて言われてないしセールスだって正月休みだろう。見当がつかないまま「はーい」とインターホンの受話器を取った。
「やあ、名無しさん」
「……征くん!?」
彼の声を間違えるはずがない。が、彼が来たことに驚く。慌てて受話器を戻し玄関へ走る。
「征くん、どうしたの」
「明けましておめでとう。名無しさん」
「お、おめでとう」
「新年だと思ったら会いたくなってね。まだ今年は名無しさんに会っていなかったから」
「今年はって、元旦だよ?」
「ああ」
微笑む赤司に思わず見惚れる。顔を見られまいと慌てて「寒いしどうぞ」と先に家へ駆け込む。
礼儀正しく「お邪魔します」と言って靴を揃える赤司に懐かしく思う。昔はよくお互いの家で遊んだなー。
「お茶飲む?」
「ああ。ありがとう」
「……」
「……」
「…あの、そんなに見られてたら淹れにくいんですが」
「大丈夫だ。お構いなく」
いや、お構いなくじゃなくて。そんなじっと見られてたら気まずいでしょうが!言っても無駄だと分かってるから言わないけど間近にいるのはやめて欲しい。変に意識してしまう。
さっさと淹れちゃおうと名無しさんはテキパキと動く。
「挨拶しようと思ったけどそういえばおじさん達はいないんだっけ」
「そう。あたしが今この家の家人です」
「それは危ないな」
「ちょっと」
会いたかったのに残念だな、とお茶を受け取る赤司。反対側の椅子に座りじっと赤司を見つめる。お茶を煽った赤司は「…なに」と眉を顰めた。いや、あんたさっき同じことしてたからね。
「久しぶりだね、こうやってゆっくり話すの」
「そうだな。…最近じゃお互い話すこともない」
「仕方ないよ。部活切羽詰まってる時期だったし。すぐにお正月でさ」
「名無しさんにメールを貰って以来だね。家族に置いてかれたって」
「それで征くんは『久し振りにゆっくり眠れた』…なにこの倦怠期の遠距離恋愛みたいな」
「倦怠期と言うな」
近況報告のみの連絡の取り合いに名無しさんが溜息を吐く。これじゃ彼女のフリをしていた時の方が恋人らしいことしてたなあ。
でもあれは周りに見せつけるためにべたべたイチャイチャしていたのであって実際恋人になれば赤司との恋愛はこんな感じとしっくりくる。普段は部活で忙しいからたまにこういう二人でのんびりする時間があるのは嬉しい。
「ねえ、征十郎」
「…なんだ」
「あたしがメールで一人だって送ったから来てくれたんでしょ」
「…」
「ありがとう」
笑って礼を言えば驚いたように瞬く赤司。少ししてふっ、と彼も微笑む。
「そうだな、半分はお前のためだ」
「え?半分?」
「もう半分は自分のためだ」
ガタ、と椅子から立ち上がり向かいの名無しさんの所まで移動する。椅子に座って見上げている名無しさん。少し屈み、ちゅ、と唇に触れる。それと同時にびくっと動く名無しさんの反応に笑う。
「前みたいにいつでも出来ないからな」
「あ、当たり前じゃん!」
「最近はゆっくり話すこと以前にこういうことも出来ていなかった」「そ、そうだけど…」
「今ならいいだろう?誰も見ていない」
見せつけるためにしていたキス。詳しく言えば赤司がそうこじつけて名無しさんにキスしていたのだが。
今は見せつける必要もこじつける必要もない。二人しかいない場所での口付け。照れて固まる名無しさんを優しく抱きしめもう一度短いキスをする。にやりと笑うと赤司は至近距離で囁いた。
「倦怠期と言ったことを後悔させてやる」
退路は断った