「それ俺にもちょうだい」
「音也ブラック飲めないでしょ。まだポットに残ってるから淹れてきたら?カフェオレ」
「そーじゃなくて、名無しさんのがいいの!」

ぷうっと頬を膨らませる音也。横に座る名無しさんは知らん顔で楽譜を前にペンを動かす。
音也が告白し、オーケーを貰ったのが先月。学校が学校だから一部しか知らないけど、彼氏彼女の関係者だ。今は幸せ絶頂期。絶頂って言っても降下することなんかないと思うけど。
作曲の作業に入ると名無しさんはいつでもそれに集中してしまう。どんなに話しかけようがくっつこうがかまってくれない。名無しさんが作業を止めるとすればそれはただ一つ。

「…わっ、テレビ!HAYATO様出てるじゃん!リモコン!リモコンどこ!?」

なにをしても視線は楽譜だったのに奴の声がした途端顔をあげる。目はきらきら輝かせ、ガタッと椅子から立ち上がりテレビの音量を上げる。
テレビに映っているのは名無しさんが応援してるHAYATOだ。歌手やアイドル、俳優の中で好きな人はいないと言う名無しさんだけど、HAYATOだけは特別らしい。まあ、この反応を見れば分かるだろう。
それが彼氏である音也からすれば当然面白くない。

「火曜日にやってる連続ドラマにゲスト出演だって!しかも本人役!嬉しいー録画しなきゃ!」

テレビに釘付けで語る名無しさん。それに比例して機嫌が悪くなる音也。そんな嬉しそうな顔、俺にだって滅多に見せないのに。芸能人に嫉妬なんておかしい気もするがアイドルを目指している音也からすればなんとも言えない。ましてやHAYATOと同じ顔、同じ声の片割れが自分たちの間近にいるのだ。

「…そんなに好きなの?」
「うん!好き!!……あ、」

興奮していたため、そのまま輝かんばかりの笑顔で名無しさん答えたが失言したと我に返った。
やっべー怒ってる。超怒ってる。
もう宣伝が終わってHAYATOの映らなくなったテレビの電源を切り、音也に向き直った。アイドルとして好きなのと恋愛感情として好きなのは違う。
個人的にはHAYATOが好きなのは歌ではなくトークと声色だ。おちゃらけているあの声音が好きなのである。それを説明したいがHAYATOのどこが好きか言うなんて地雷を踏みに行くようなものである。

「音也?」
「…名無しさんは俺といるときよりHAYATO見てる方が楽しそうだし嬉しそう」
「そんなことないよ」
「作曲してるときのが集中してる」
「作曲は集中するよ。音也の歌と同じ。それは分かるでしょ?」
「……」

私に背を向け拗ね始める音也。こっちを見ていないことを良いことに小さく溜息をついた。子どもみたいな拗ね方だ。
名無しさんは椅子の上で体育座りをする音也に近づき、後ろからぎゅっと抱きしめる。その瞬間音也がびくっとした。

「っ、」
「ねえ。怒らないでよ」
「こ、こんなんで許すと思ったら大間違いだよ…!」

真っ赤にしてなに言ってんだか。信憑性ゼロである。あえて耳元で「音也が一番好きだよ」と呟いてみる。また音也がびくっとした。

「音也の歌もダンスも一番好き。大好き」
「〜〜っ、わ、分かったから!放れて!」

子どもみたいに拗ねる分、直るのも単純だ。体育座りを解き、強く押された。自分がくっつかれる側だと耐えられなくなる。まあ、そこも可愛いところだけど。
不意を突き、ほっぺにキスをした。

「こんなこと音也にしかしないよ」

にっこり笑うオプション付き。音也は目を見開く。我ながらよく切り抜けたと思う。音也が単純で良かった。
目が合うと音也も同じく微笑んだ。

「俺も、名無しさんとしかしたくないことあるよ」

吹っ切ったのか、少しも照れず両腕を掴み唇を奪いにくる音也に名無しさんは思った。

あ、やりすぎた。


気づいた時にはもう遅い
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