「で?」
「えと…」
「なに渋ってるの?話せないことでもあるとか?」
「征くん怒ってるから」
「怒ってないよ」

言いながら赤司の口元が上がる。対面している名無しさんは「目が笑ってない!!」と涙目になる。無言の圧力を感じ名無しさんは後ずさり壁に押しやられた。完全に怒っていることは感じるがどうして怒っているのか分からず頭がパンクしそうになる。この状態の赤司は名無しさんにとって恐怖でしかない。

「どうして黒子のジャージを着ているの?」

そう、原因は名無しさん以外の周りの面子ならばすぐ分かるものだ。そしてすぐに半目になるだろう。
コートで桃井からの資料を見ながら部員たちの練習を見ていると名無しさんが体育館へ入ってきた。例えドア付近に居ずとも目の良い赤司は誰が入ってきたか分かる。名無しさんだと分かり顔を向けた。が、いつもの制服にカーディガン姿ではなかった。スカートは制服のものだが上は体育の授業で使っているジャージだった。なにかこぼして着替えたのだろうかと思ったが名無しさんに近づいていくうちに赤司の顔が引きつった。
右胸あたりにある刺繍の名前が「黒子」と縫われていたのだ。
当然顔色が変わったことは名無しさんも察知し焦るが「ちょっと」と手を引かれれば抵抗出来ずそのまま。人気のなかった廊下まで連れ出され、冒頭にいたる。

「…ジャージ?」
「そう。それ黒子って縫われてるよね」
「あ、うん。飲み物こぼしちゃって…黒子くんが貸してくれて。あ、あたしのは洗濯中でなくて…」
「そう。いつから?」
「放課後入ってすぐ」
「それならジャージを借りてから15分くらい経ったわけか」

そう言うが早いか赤司はすぐそばのロッカールームに入った。自分のロッカーを開け、綺麗に整頓されているなかから彼のジャージを取り出した。いつも着ているものよりひとまわり大きいサイズだろうか。こんな大きさのジャージを赤司が着ているのを見たことがない。そんなもの持ってたんだと名無しさんは瞬く。

「これに着替えろ」
「え?」
「こういうのは彼氏である俺の役目だと思うんだけどな」
「…あっ、大丈夫だよ!他の人には見られてないし。ここまで来るのにもこんな小さい刺繍見る人なんていないだろうし」
「そんなことはどうだっていい。脱げ」

有無を言わせぬ口調に「は、はい!!」と素早く応じる。もはやクセだ。赤司からジャージを受け取る。そして続く無言に早く出ていけと赤司を追い出した。




「ねえ、なんか、でかくない?」
「…」
「だぼだぼなんだけど。征くんこれ着たことある?」
「一度な。いつかのために買っておいた」
「いつかって」
「それより、黒子にはきちんと俺から返しておく。もう連絡は済ませてあるから」
「あ、そうなんだ。…えっと、ありがとう」

相変わらず赤司が素早い行動に出るがさっきよりは機嫌良いっぽいぞと名無しさんは安心する。怖くないならなんでもいいや。

「アイスくらいなら奢れますがそれ以上は厳しいです」
「え?」
「お礼。黒子くんにもだし」
「名無しさんはそういうところ変に律儀だよね。最初から奢りとか物をくれるとかだと喜ぶのに」

ふっと笑う赤司の表情が綺麗で思わず見惚れる。照れてることに気付き名無しさんは目をそらした。それに気付いているのか気付いてないのか赤司はアイスはいらないと返した。

「そういうのが欲しくてやったわけじゃない。言うなら俺の我儘だよ」
「貸してくれたことが?」

まあ確かに赤司の彼女ということになっているのに黒子のジャージを着ているのは怪しく見えるかもしれない。普段仲が良いと言っても男女の親友は難しいなあと名無しさんは少し息を長く吐いた。黒子にも赤司にも迷惑がかかるかもしれない。

「そう。俺の我儘。ついでにもうひとつ我儘を聞いてもらってもいいかな」

そう言って突然立ち止まった赤司に慌てて名無しさんも立ち止まり「なに?」と聞く。それを了承ととったのか赤司は微笑む。いつもより表情が柔らかいせいで名無しさんもほっとする。怖いと言っても小さい頃からの仲だし好きか嫌いかでいえば迷わず好きの部類に入る彼は名無しさんの「彼氏」であり幼馴染なのだ。
赤司が名無しさんの肩をつかみじっと名無しさんを見つめる。思わず「えっ」と声がでる。真剣な表情に顔が熱くなるのを感じつついきなりかと慌てる。何回経験しても慣れないそれに鼓動が早くなる。
ぐいっと引き寄せられると同時にキスが始まる。触れるだけのキス。いつもはそれですぐに離してくれるが今回は違った。しばらくして、それはより濃厚なものへと変わった。

「んうっ、…」

ちょ、こんなの聞いてないんですけど…!
想像もしてなかったそれに酸欠になる。やっと解放されるが力が入らない。口元をぬぐい赤司を睨んだ。
赤司は悪びれた様子もなく、寧ろしてやったというような顔で笑った。

「ごちそうさま、名無しさん」



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