「別れよう」

高校生から続いていた涼太との関係が終わってからもう二年。長年大切にしていた人と別れ、なにをするにも億劫に感じる日々も年月が経てば過ぎ去った。別れを切り出したときなんと言ったかはっきり覚えていない。ただ、彼にあった痕には触れず自分のことだけ言ったことは覚えている。
酔って知らない男と寝てしまった。
そんな自分がとてつもなく嫌。
だから、涼太に会うのが辛い。

そんなようことを言ったんだと思う。彼のことを言わなかったのは自分の優しさだと思っていたけど、浮気されていたことに直視したくなかっただけだと今は分かる。
泣きながら話す私の話を宥めることも聞き返すこともなく彼は悲しそうに「分かった」と一言だけ言って出て行った。

あれからもう二年。
もう過去のことに出来ていた。新しい彼氏もいて、仕事もけっこう充実している。時々雑誌の表紙に写る彼を見るとなんとも言えない気分になるがそれだけだ。今の私は幸せだ。
…幸せだった。


「また…!」

呆然とする。いや、愕然か。見覚えのない部屋にベッド、そして裸で毛布にくるまっている自分。昨日は友人と飲んでいたはずだ。明日早いからと先に帰った友人をその場で別れ一人で呑んでいた。その後の記憶がすっぽりと抜けている。呑まれるほど呑んだ覚えは
ないがその結果がこれ。頭を抱える。なんで、こんな…
考えていると隣の部屋でガタンッと何かが落ちた音が聞こえた。私は青くなった。あのときと違って相手がまだ、いる。
濃い関係になってしまったのだろう相手だが記憶のない私には初対面といえる。毛布で出来るだけ身体を隠し、意味がないことは分かっているが息を潜めた。ガチャ、とドアが開く。

「え、」
「あ、起きた?」
「涼太…!」

隣の部屋から出てきたのは元彼、黄瀬涼太だった。風呂上がりなのか濡れた頭にタオルを乗せわしわしと拭きながら近付く。

「なんスかその顔。もしかして覚えてないとか?」
「……」
「当たりっスか」

呆れた顔を向けられながら何も言えずにただ涼太を見つめていた。言葉が見つからない。なんでここに。どうして涼太が。
顔にありありと出ていたのか少し笑いながら彼は教えてくれた。

「会ったのは偶然。仕事の打ち合わせであのバー使ってたんだけど一人で飲んでる名無しさん見つけて。早く切り上げて話しかけたら顔赤くなってて。ああ、すんごい酔ってるって」
「…仕事の打ち合わせでお酒飲むってどうなの」
「ああ、昨日は打ち合わせっていう名の呑み会だったから」

ツッコミどころが多くて逆にツッコめない。ただ、相手が涼太だったということで緊張が緩んでしまった。それが悔しかった。

「彼氏、いるんスよね」
「え、」
「昨日自分で言ってた」
「っ、じゃあ!なんでこんなことしたの!」

自分のことは棚にあげて叫ぶように声を荒げる。復讐?冗談じゃない。あんただって浮気してたくせに。なんで、と言いかけた私をひっ捉え唇を塞がれる。不意打ちだった。対応出来ず少し遅れて抵抗しようともがくが力で敵うはずもなくそのまま押し倒される。つ、と二人の隙間から漏れた唾液が頬をつたった。

「別れるんでしょ?彼氏と」
「…なに、それ。あんたに乗り換える気なんかないから」
「でも、俺のときはそうした」
「は?」
「俺じゃない奴と寝て、俺と会うのが辛くなったんでしょ?別れるんじゃないの?」
「あ…あんたに言われたくない。わ、私は今の彼と別れるつもりは」
「俺のときはそうして別れた」
「涼太だって浮気してたじゃん!」

言ってしまった。いや、ようやく言った。二年間、これが心残りだった。言わずに終わって、心のもやがずっと取れなかった。今の彼と幸せなはずなのに雑誌の彼を見てしまっていたのは多分、ケリをつけられなかったせいだ。
涼太は少し驚いた顔をして「やっぱり知ってたんスね」と悲しそうに呟いた。

「私が言わなくても、近いうち涼太は私を振った。そうでしょ」

睨んで問えばうんと肯定される。「名無しさんが言わなくても別れるつもりだった」と。

「だけど名無しさんが泣いてるの見て自分が馬鹿だったことに気付いた。なんで俺が泣かせてるんだろうって…気付いたのが遅かった。だから別れた」
「なに、それ…謝罪のつもり?」
「あの子とはそのあと何回か会ったけど全然楽しくなかった。だから別れた。また違う子と付き合ってみたけど、駄目だった」
「…」
「当たり前っスよね、自分に嘘ついても仕方がない。別れたけどこの二年間ずっと後悔してた。名無しさんが泣いてるとき、気付けたのにどうして別れたんだろうって。他の奴に取られたのがショックだったのか自分に腹が立ってたのか分からない。分からない二年だった」

泣きそうな声で話す涼太に混乱する。組み敷かれてるのにこっちが申し訳ない気持ちになる。

「そんなの、もう忘れてよ」
「そう思ったっスよ。忘れないとって。けど、また会った」
「…私は涼太の言うとおり他の奴と寝た」
「傷付いたのはお互い様っス」
「…」
「ごめん。でももうずっと、名無しさんじゃないと駄目なんス。俺って実は情けない奴なんだ」

ぎゅっと抱きしめられる。首筋に顔をうずめ、腕は背中にまわされた。何も着てないから体温が直接伝わって熱い。

「……知ってる」

ああでもそんな私も情けない。全部、私が酔って潰れたせい。狡い人だ、こんなことされて、こんな風に言われてしまったらもう今の彼氏とは別れるしかない。きっと会うのが辛くなる。あの時のように。罪悪感でいっぱいになる。それを知っての泣き落としだろうか。

「はなして」
「…」
「分かった…から」
「彼氏と別れるんでしょ?だったらもう一回、俺と付き合ってよ」

もう離さないから。
そう言ってまた私の唇を塞いだ。


忘れ物にさよならを告げる
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